もしかしてと、なんとなくまおの言いたいことが分かってしまった僕は、けれど確信はなくて。志乃も同じだったのか、穏やかな声でまおへ言葉が向けられた。
「まおちゃん、俺にりんちゃんとられるって…思ってるの?」
「……」
「とらないよ?」
「…でも」
「とらない。約束する」
「今日、なんか、違うもん」
「俺とりんちゃん?」
「うん」
「どこが違うの?」
「わかんない〜」
本当に感覚的な部分だけなのか。子供は敏感だからなと、でもその一言で片づけるべきではないことくらいわかる。
「とらないから、泣かないで」
「…ほんと? 」
「指切りしよっか。まおちゃんの大事な大事な“お兄ちゃん”は絶対とらない」
「うん」
少しだけ“お兄ちゃん”の部分に力が込められた気がした僕の傍らで、まおの小さな指が志乃の指に絡んだ。
「でも、俺もりんちゃんのこと大好きだから、凜太郎君とは仲良くさせてね」
「ん、いいよ」
「ありがとう。ゆびきりげんまん」
あまりにも唐突に、まおは何をどう感じ取ったと言うのか。
僕も志乃も、いたっていつもと変わらないような接し方をしていたはずなのだけど。まおが志乃の今の言葉の意味を理解できるようになったら、僕はきちんと言わなくちゃいけない、か。
「うそついたらはりせんぼんのーます、ゆびきった」
離れた二人の指はそのままきゅっとそれぞれの拳になり、僕の出番なかったなと悲しくなったのは内緒で。機嫌の直ったまおにスプーンとコップ用意してくれるかなと言えば、いつもの笑顔が返ってきた。そのあとは本当にいつも通りで、逆にどうしてあんなに不安になっていたのか不思議に思うくらい普通で、こっちが混沌としてしまうほどだった。
結局、まおはそれ以来りんちゃんとはるちゃんがどうの、というのは口にしなくて。
保育園より一足先に冬休みに入った僕と志乃は修学旅行中に遊びに行くという約束を果たそうとしていた。
「子供ってのだからなあ〜」
「樹さ、なんでうちいるの?」
「は?」
「ごめん、僕が話しかけたからだよね」
午前中の終業式の後、校門で一緒になってこの前のまおのことを少し話したのだ。谷口くんに相談しようとも思ったけれど、やっぱりまだ少し恥ずかしくて無理だった。代わり、というわけではないけれど意外と変化に敏感な樹くんが「どうした」なんて聞いてくれるから。思わず溢してしまったのだ。
「樹はここまで〜」
「うるせーな、誰も上げろとは言ってねーだろ」
こんな玄関先で…しかも寒いというのに。冷たくなった鼻を指先で撫でると「音羽鼻真っ赤じゃん、早く家入れてやれよ」と樹くんが少しだけ口元を緩めた。あ、なんか今、ちょっと疚しいこと想像されたかも。
「分かってるし。りんちゃん、ほら、入って」
「あ、うん、樹くん、またね」
「おー、じゃあな」
「お邪魔します」
「はいどーぞ。樹ばいばい」
「はいはい、帰るって」
子供は敏感だけど、まだ物心もついてないうちから考えても仕方ない、樹くんはそう言ってくれた。心構えとか準備とか、そういうのはしとくに越したことないけど、今からそれで悩んで音羽が疲れるんじゃ意味ないと思うし。何より、妹も今は納得してるなら、とりあえずそれで良いんじゃねえの、と。
「樹、りんちゃんのことになるとほんと別人」
「え、そうかな」
「そうだよ!俺にはあんなに優しくない」
それは言葉や表現の面で、だ。言ってることややってることは変わらない気がする。結局のところ、樹くんは世話焼きで面倒見が良いということ。なんて考えながら少しだけ久しぶりの志乃の家に上がり、二階の自室へ通された。
「寒い?」
「少し」
「じゃあ暖房効くまでこうしてる」
「っ、うわ」
ベッドを背に座った志乃の足の間に拘束され、何とも恥ずかしい格好で後ろから抱き締められた。部屋に入って早々、という気ではないのにこういうことをさらりとしてしまうあたりがたらしっぽい。あくまで“ぽい”だけだというのはちゃんと分かっている。
「もう冬休みだね」
「そうだね」
「大晦日とか、おばあちゃんのところ行くの?」
「え?あー、年末年始は行かないよ」
行くのは夏だけだと言えば、少し複雑そうな「嬉しい」という声が返ってきた。
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