次の日、土曜日だからいつもより少しくらい寝坊してもいいのに、目を覚ましたのは8時をまわった頃だった。全然早起きな方なんだけど、僕としてはちょっと寝過ぎたんじゃないかと飛び起きてしまう時間だった。
昨夜は思っていたよりずっと体は疲れていて眠りにつくのも一瞬だった。朝まで一度も目を覚まさず、特に夢も見ないで迎えた朝はかなり爽快で、すぐに着替えを済ませてリビングへ降りた。

「あ、おはようりんちゃん」

「……え」

「おはよう!りんちゃん!!」

「…あれ?」

「どうしたの、体調悪い?疲れて熱でも出た?」

パタパタと近寄ってきたのは、昨夜ぶりの志乃だった。その傍らにはまおがいて、やっぱり僕だけが寝過ぎてしまったのかと考える反面、いつのまに志乃は上がり込んできたんだろうかと不思議に思った。それを察したのか「来たらちょうどお母さんが仕事行くところで、あげてくれた」と微笑まれた。なんともドライに言っているけれど、昨日の今日で平気なのも志乃らしいと言うかなんというか。
まあ、気まずいからとお互いに避けるより全然良いのだけど。

「そう、おはよう」

「ん、おはよう。ご飯出来てるよ、食べれる?」

「えっ」

「お母さんが用意してくれてたんだよ」

ああ、申し訳ないなあと、キッチンを覗くと時間が無いのにわざわざ用意してくれたおにぎりとお味噌汁があった。
顔を洗ってテーブルにつくと、まおが「りんちゃんと食べようと思って待ってた!」とにこにこしながら僕の隣に座った。ああ、可愛い。天使。四日ぶりの天使。昨日の夜少し顔を合わせて言葉も交わしたけど、疲れていた僕も普段からはやねのまおもすぐに寝てしまったから。

「ありがとう」

「えへへ、りんちゃんだ〜」

可愛い。ほんと可愛い。

「りんちゃん、食べたら雪だるま作ろ!」

「え、雪積もってる?」

「積もってるよ!外見て!」

そういえば昨日降っていたな…あ、カーテンそのままにしてきてしまったから気づかなかったのか。疲れが出ているなと思いつつも、まおに癒されてそれもすぐにどこかへいってしまった。
ご飯を食べ、終わった洗濯物を干してから20センチほど積もった雪で雪だるまを作った。

「かわいい!」

「可愛いね。まお、ちゃんと帽子被って」

まだはらはらと舞う雪を頭に乗せたまおに言えば、軽く頭をふってそれから脱ぎ捨てていたニット帽を被り直した。

「家の中入れちゃだめ?」

「だめ」

「むー」

「入れたらすぐ溶けちゃうよ?」

「えっ、や、やだ!」

むっとしつつ、でも溶けるのはやだな〜と、考えていることがだだもれの妹。そんなまおに「寂しくないように隣にウサギさん並べるね」と、葉っぱと南天の実を使って器用にウサギを作った志乃が、それを見せながら宥めてくれた。

「はるちゃんすごーい!うさぎ!どうやってやるの?」

「まず、」

なんて微笑ましい光景なんだろう。
昨日と今日がまるで繋がってないような、当たり前につながっているんだけど、そうじゃ無くて…うまく言えないけど、そんな変な感覚を抱いた。母さんに打ち明けて、志乃が今何を考えて何を感じているのか…聞く勇気はないけど…それでもここにいるのは確かで、それに胸が熱くなった。

「りんちゃんも!作ろ〜」

「あ、うん」

結局、雪だるま二つと、五匹のウサギが出来上がり、まおは満足して家に入ってくれた。小さな庭だ、リビングから見ることが出来るのに「雪だるまさん一人じゃ可哀想」だなんて言うから、数が増えたのだ。

「はいはい、濡れたの全部脱いで、ほら遥も」

「……」

「なに、どしたの」

「ううん、なんでもない。えへへ」

「ヘラヘラしてないで早く脱いで、風邪引くよ」

「はーい」

上着とズボン、帽子とそれから靴下をストーブの上に干し、僕は昼食作りに取りかかった。まおはストーブの前で体育座りになってテレビを見ていて、その隙にかなんなのか志乃が僕の横にやって来た。

「何作るの」

「あるものでチャーハン」

「俺やっても良い?」

「え、あ、じゃあその卵割って、ご飯と混ぜてくれる?」

「うん」

本当に、昨日までのことが全部夢だったんじゃないかと思ってしまうほど、今日が穏やかだ。修学旅行なんてもうこの先ないだろうし、事実特別な思い出で夢心地になっているのかもしれない。

「りんちゃん」

「うん?」

「幸せ」

「何、急に」

「言いたくなっただけ」

へらりと笑いながらピタリと横にくっついてきた志乃は、そのままカシャカシャと卵を混ぜた。その音にか、リビングからまおが「ご飯なあにー」と問う。チャーハンだよと答えると、ぱたぱたと近寄ってきて「まおも手伝う」とセーターの袖を捲った。

「ありがとう、でもすぐ出来るから待ってて」

「やーだー、はるちゃんだけずるい〜」

「何がずるいの?」

「まおもりんちゃんのお手伝いしたいの〜」

いつものことだけど、ほんとに天使。もう一度ありがとうと言いながら頭をなでると珍しく小さな頭が僅かに傾いて俯いたのが分かった。

「りんちゃんはまおのりんちゃんだもん」

「なに、どうしたの」

「はるちゃんにもあげないもん〜」

「へ」と、間抜けな声が出た。何の話だろうかと聞く間もなく、まおの体が僕の下半身にしがみついて「まおのだもん」と半泣き状態の声に思考が奪われる。それを察した志乃が膝をついてまおの顔を覗き込んだ。

「まおちゃん、」

「やあだ〜」

「え、わわ、ごめんね、俺なんかしちゃった?」

ぐりぐりと腰のあたりに頭を押し付けられ、あれ、これは本当に泣いているじゃないかと急に僕まで泣きたくなった。

「わかんないー、けど…」

「まお」

「けど〜…なんか、なんか…とられちゃう気がしたの〜」

「と…え?」

ぐずぐずと鼻を鳴らしながら上げられた顔がひどく悲しそうで、思わず抱きしめた。

「突然何言い出すのかと思ったら。何、本当にどうしたの」

きっと、もう少し自分の考えを言葉にできるようになったら、もっと感情が豊かになったら、まおは何が言いたくて何に不安になったのかを僕に伝えてくれるんだろう。今はまだそれが出来なくて、自分が一番わからないのかもしれない。だから答えは急かせないけれど。



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