ガチャンと、音がしたのはまさにお風呂から出た瞬間だった。

「あ、おかえり」

「ただ、いま…」

ちゃんとカードキー使えたんだなと思いながら濡れた頭にタオルを乗せて、「遥もシャワー浴びる?」と問えばパタパタと駆け寄ってきた体に抱きしめられた。

「どうしたの」

「んーん。なんでもない」

何故か缶のミルクティーを片手に、志乃は僕を後ろから抱きしめたまま「告白された」と、情けない声で呟いた。正直、何だそれ今さら、と思った。思ったけど、実際心配してしまっていた僕としてはそれを言われて少し安心した。返事には困るけれど…それかえら志乃はひどく優しい声で言葉を紡いだ。

「でもね、俺好きな人が…付き合ってる人がいるからって、ふった 」

「、そっか…」

一体どうしたんだろう。
いや、まあ志乃がこういうことをさらっと言ってしまうタイプなのは分かっているけれど…ちょっと胸が痒い。くすぐったいというかなんというか…でも、それを言われて僕が言えることは一つしかなくて。それは「…良かった」というとても無責任な言葉。でもそれが一番大きいのだ。安堵しているのだ。あんなにモヤモヤしていた胸が晴れて、素直にそう思った。

「俺が好きなのはりんだもん」

「…うん。ほら、寒いでしょ、奥行こう」

「へへ、あ、眼鏡曇ってる可愛い」

お風呂上がりだから、と志乃の腕を逃れベッドの傍らに置いていた旅行鞄に脱いだ服を押し込んだ。相変わらず予備の眼鏡とコンタクトで不自由なく生活しているのだけど、こういう時困るなと改めて感じた。もしメガネが壊れたらと、そう考えてしまうし実際そうなったら確実に困る。そろそろ新しいものを考えないとなあ…

「まおちゃんには電話したの?」

「あ、うん。でももう寝ちゃってたから母さんと少し話しただけで…」

「そっか、でももう明日には会えるもんね」

「うん」

志乃に、言った方がいいのかな。
でも、どう言ったらいいんだろう。母さんに付き合ってること言ってもいい?って?それはない。

「りんちゃん?」

「なんでもない。シャワー浴びなよ。もうすぐ先生点呼来ると思うし」

「うん」

一緒にお風呂入りたかったなあと、へらへらしながら浴室へ消えた背中に「ユニットバスだから無理」と呟きつつ、じゃあユニットバスじゃなかったらいいのかと自分で言ってから無性に恥ずかしくなってしまった。いや、別に男同士だし、初日に入ったけど。なんというか改めて二人でお風呂に入る、というのは恥ずかしい。なんて、そんなことを考えて変に意識してしまう自分に一番困る。
部屋に響くシャワーの音も、無駄にうるさいしスケベなものにさえ聞こえてくる。

「……」

緊張する。する必要なんてないのに。いつも通り、いつも通りにしてればいい。
別に見たい番組があるわけじゃなかったけれど落ち着かない自分を誤魔化すようにテレビをつけた。その少し後に志乃がほかほかと湯気を立てながら出てきて、先生が点呼に来て、今夜も見張りついてるからなと言い残して去って行った。

「髪、拭かないと風邪ひくよ」

「んー、もうちょっと後でもいい?」

もう、今から明日の朝までは二人きり…
そう意識しているのは僕だけなのか、志乃はいつもの調子でソファーに座ってテレビを眺める僕の横にぴたりとくっついて座った。仕方なく濡れたままの髪にドライヤーを当てると、志乃は気持ちよさそうに目を細めてふにゃりと笑った。ドキドキしすぎておかしくなりそうな僕は乾かしにくいからと、無理矢理その体をソファーの下に追いやり、顔が見えないように後ろから風を送った。

「楽しかったねえ」

「そうだね」

「ご飯もおいしかったし。水族館も綺麗だったし」

「夏に来たいね」

「ね!夏に来て海入りたいね」

さらさらと滑らかに指をすり抜ける髪からドライヤーを外し、完全に乾いた金髪を手櫛で整えるといつもより少し幼く見えるっ志乃が完成した。



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