「りんちゃん」

「ん?」

「飴食べれた?」

「まだ」

「俺が食べてあげるー」

「は、ちょ、こら」

むぎゅっと顎を掴まれて、その光景を谷口くんはけらけら笑いながら見ていた。これ気持ち悪がられてたら結構落ち込んだかも。いや今はそういうことではなくて…

「ほら、りんちゃん飴噛むの好きじゃないでしょ」

「大丈夫だから、離して、志乃…」

「……そんな顔しちゃダメだってば」

これ、家で二人っきりだったらもうキスされて、飴も拐われている気がする。それが何よりまずい。僕は慌ててガリガリと飴を噛み砕き、思いきりごくんと嚥下した。

「食べた、食べたからほら、早くいこう」

「も〜」

でも、そうか。ずっと一緒にはいられるけど、いつもみたいに触れるのは難しいんだ。こっそり手を繋げても…

「りんちゃん?行かないの?」

「、あ…うん、行く」

馬鹿、なに考えてるんだか。軽く頭をふってからみんなのあとに続いた。
バイキングのあとは一ヶ所見学をしてホテルへ向かった。大浴場のある旅館で、なんとも修学旅行っぽいところだった。ご飯は美味しかったけど量が多くて全部は食べきれなかった。悔しいなと思う僕の横で、志乃はにこにこと僕のことを見ていた。それは部屋に戻ってからも変わらずで、何にせよ志乃も楽しめているならかったな、と思った。

「俺らの組大浴場の時間七時から半までだってー。行ってこようぜ」

男五人、畳に布団を敷いて寝る。きちんと並べられた布団の場所をじゃんけんで決めたけれど、結局みんな志乃のわがままに負けて僕が一番端でその隣が志乃になった。

「まじかよー、俺七時から見たい番組あったのに」

「それ沖縄でもやってんの?」

「あ、知らない」

「つーか録画してこいよ家で」

「そんなことしたら修学旅行中に何個録画することになるかわかんねーじゃん」

「……それもそうだな」

部屋に一応シャワーは付いているけれど、大浴場に行かないなんて損だなと、僕らもそのあとに続いた。谷口くんも同じ部屋で、一緒に部屋を出たけれどその時こそりと「音羽大浴場でいいの」と問われ、首を傾げてしまった。

「ダメなの?」

「いや、俺はいいけど…」

じゃあ何がいけないんだろうともう一度首を傾げたら、バタバタと後を追ってきた志乃の足音に谷口くんは口を閉じてしまった。

「置いてかないでよ〜」

「ごめん、志乃電話してたから」

「ばあちゃんからだよ?」

「いやそれは気にしてないけど…」

「冷たい。…それよりほんとにお風呂行くの?」

「え?行くよ、そりゃ」

自分だって腕にしっかり着替えを掴んでるじゃないか。

「……」

「ほ、ほら、早く行こう。三十分しかないんだぞ、急がないと」

二人して何がいけないというのか。微妙な顔をした二人と大浴場に入ると、裸を見られるのが恥ずかしいなんていう思春期の羞恥心はどこにもなかった。僕も平気だったけど志乃がずっと隣で僕の前を隠そうとするから、逆に目立って恥ずかしかった。結局、あんまりゆっくりできないままお風呂を切り上げ、まおに電話するからとみんなより一足先に部屋に戻った。
まだ同室のみんなが戻ってこない部屋、「りんちゃあーん」と、何度も電話の向こうでまおが情けない声を出す携帯を耳に当て、緩む口元もそのままにうんうんとは言葉を交わした。思ったよりも長電話をしてしまったけれどまだみんな戻ってこない。寄り道でもしているんだろう。

「明日も電話してくれる?」

「うん、するよ」

「わかった、じゃあまお寝るね」

「うん、おやすみ」

「ままー、りんちゃんの声聞くー?」

「聞く聞く、もしもしりんちゃん?楽しんでる?」

「うん、楽しいよ」

「良かった〜、怪我しないようにね」

「うん」

「じゃあ明日も楽しんでね」

「ありがとう。じゃあ、おやすみ」

「おやすみ」と、返ってきた声を聞いてから電話を切ると、ちょうど谷口くんが頭を拭きながら戻ってきた。

「あれ、音羽一人?」

「うん?」

「志乃、結局捕まったのか」

「志乃?」

「あーうん、風呂上がりの女子見に行くぞってみんな盛り上がってて。志乃はてっきり先に戻ってるのかと」

「誰も戻ってきてないのはそういうことか」

「はは、俺もちょっと見てきたけど。音羽は電話?」

握っていた携帯へ視線が向けられ、「うん、まおに」と言えば谷口くんは柔らかく微笑んでくれた。そしてベランダに足を投げ出して座っていた僕の横へ、頭にタオルをのせてどさりと腰を下ろした。

「湯冷めするぞ」

「大丈夫、髪乾かしたし、靴下もはいたし」

「そう。…あの、さ、音羽」

「ん?」

用意してきたパジャマはちゃんと冬用だし、カーディガンも羽織っている。谷口くんこそ湯冷めするよと言おうとして、飲み込んだ。

「二の腕のとこ」

「二の腕?」

「どうしたの」

「え?」

すっ、と谷口くんの手が僕の左の二の腕を指差したから。

「いやごめん、単刀直入に聞くわ」

何かあっただろうか…と、考えてすぐに気づいた。キスマークだ。志乃がつけた、赤い痕。



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