「甘やかしすぎかな、まおのこと」
「そんなことないでしょ」
「でもまおももうすぐ小学生だし、あんまり僕に依存させちゃダメでしょ」
と、それは本心だけどだからと言ってライオンみたいに谷へ突き落して強くしてやる、なんてことはできない。
「まおちゃんはりんちゃんに似てしっかりしてるから心配ないよ」
「ね、」と言って視線を上げた志乃は、潜り込ませた手を僕の手に重ねてゆっくり指を絡みとった。
「し、の」
「空港着くまで。見えないよ」
確かにブレザーで隠れてはいるけれど。
みんなの前で、という変な緊張と興奮でまだ暖房の効きが悪く肌寒いくらいの空間で、手のひらがしっとりしてきてしまった。まおちゃんに悪いなあと言って落ち込んでいた志乃はどこに行ったのか、もういつもの調子で肩までぴたりとくっつけてきた。
「俺飛行機乗るの初めてだから緊張する。耳大丈夫かな」
「ちょっと、」
「席隣がよかったなあ、りんちゃんと」
うとうとと瞬きの速度を落としながら喋る横顔は、もう完全に眠いと言っていた。忙しい奴だなと改めて感じながら、自分がもう少し大きければ肩を貸してあげれたのになと思った。
「志乃、寝る?場所代わろうか」
「んーん、りんちゃんが窓際じゃないとだめ」
「でもほら、窓際の方が寝易くない?」
「だーめ、もし代わってりんちゃんが寝ちゃったら、寝顔みんなに見られちゃう」
「みんな寝てるよ」
「いいから。このままがいい」
「志乃がいいならいいけど」と呟くと、納得したのかそのままかくんと金髪の頭が揺れた。学校から空港までの一時間半ほど、僕と志乃は誰にもばれないようにこっそり手を繋いだままで、僕も少しだけ寝てしまった。浅い眠りだったらしく、志乃の指が僅かに動くたび意識がうっすらと戻り、一瞬だけその手を握り返す、と言うのを繰り返していた。
「いやー、着いたね」
「ふぁ〜よく寝たわ」
「てか寒くね」
「いや、沖縄にも冬くらいあるだろ」
「え、沖縄って年中常夏じゃないの!?」
「馬鹿かよ」
そんな会話を聞きながら空港を出て、地元の観光バスへ荷物を押し込んだ。みんなのお楽しみ、バスガイドさんは三十前半の綺麗なお姉さんだった。さすが沖縄と言うのか、はっきりした顔立ちが特に。
「あんまり寒くないね」
「思ってたよりは寒いかな」
「そうかな」
「志乃さ、沖縄が暑いところって知ってる?」
「それくらい知ってるよ」
前の座席に座っていた高坂くんが「だよなあ」と言いながらも、本当かよ怪しい、みたいな目を志乃に向けていて笑ってしまった。
クラスメイトはみんな、志乃の成績が良くないのは知っていても極度の馬鹿だと言うことまでは知らない。サボリがちだとか内申点が悪いとか、そういう予想だけで。実際、純粋に勉強ができないのだと知られてからはこの扱いだ。それがおかしくて思わず笑ってしまった。
「あ、音羽」
「ん?」
「寝癖、ここ」
ふっと高坂くんの手が伸びてきて、ここ、と右耳のあたりを指差された。
「飛行機で変な寝方してたかな」
「えっ!?」
「え?」
「はあ〜。あ、ちょっと、俺が直す〜 」
ぷりぷりしながら僕の髪を撫でるように押し付けた志乃に、高坂くんは笑っていたけれどこっちはヒヤヒヤだ。変に思われはしないか、と。いや良いんだけど、付き合ってるって知られても。でもやっぱりそれで志乃がまた変な目で見られるのはなあ…と、どうしても思ってしまう。
「おやつタイム〜。ほら、音羽にもあげる。何味がいい?」
高坂くんの横からぴょこりと顔を出した谷口くんはカラフルな飴の袋を顔の横に掲げて「イチゴ、レモン、スイカ、メロン、ライチ、バナナ…」と順番に内容を読み上げた。めっちゃ種類あるじゃんと笑うと、中身はいろんな種類の詰め合わせだと言われた。
「 宏太とおやつ買いに行ったらさ、無駄に買い込んじゃって。一つに詰め込んできた」
「そっか、じゃあイチゴがいいな」
「オッケー、はい。志乃は」
「俺も同じの」
「はいはい」
「ありがとう」
貰った飴を口に放り込むと、バスガイドさんが絶妙なタイミングで「それではお昼ご飯を食べます、バイキングなのでたくさん食べてきてくださいね」と、マイク越しに言い放った。
「おいどーすんだよこれ」
「まじかよごめん、噛んどいて」
ふざけんなよーと、笑いながらバスを降りる二人の背中に続きながら、うわ、なんかすごい修学旅行っぽいなと実感した。生まれて初めての地に、家族以外と立っていて、その寂しさを感じつつも楽しいなと思う、そんな不思議な感覚。友達同士の旅行なら自分でいろんなことを決めてお金も出すから、きっとまた違うんだろう。親が積み立ててくれたお金で、旅行会社のツアーよりずっと窮屈な計画で、それでもそれを楽しいと思えるだけの余裕があることが嬉しい。
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