「え〜りんちゃんずっといないのお?」
「ずっとっていうか、三、四日…」
「やーだー、まおも一緒に行きたい」
カレンダーに書かれた“凜太郎修学旅行”の文字と矢印に、まおが気付いたのは12月に入ってからだった。まあそれまでカレンダーをめくらないのだから、当然と言えば当然で。そう言えば中学の修学旅行は、もっと小さかったしよく覚えていないから駄々をこねられるということはなかった。ああ、成長が嬉しい、なんて呑気に考えていたら、「はるちゃん一緒に行くの?ずるい」と、さらに可愛いことを言うから抱きしめてしまった。
志乃にやきもちをやくのは初めてじゃないけど、やっぱり嬉しい。これは兄として当然のことだと、僕は勝手に思っている。
「俺まおちゃんにお土産買ってくるよ!」
「いや!まおも行くー!」
「まおは保育園があるでしょ」
「休むもん〜」
「わがまま言わないの」
抱きしめていた小さな体を離し頭をなでると、誰かさんみたいに口を尖らせてすねてしまった。
「ちゃんと帰ってくるよ?」
りょこう、とつくだけに羨ましい気持ちになるのは分かるけど、あくまで学校の行事だし僕もまおとそんなに離れていたくないので行きませんとは言えない。それに、この先僕にはもうそんな長期の旅行は…まおと一緒じゃない…ない予定だし、どちらかと言えばこれからはまおがそういうのに出かけていくんだ。だからお互い様。なんて、言ってもまだ理解できないから仕方ない。
「ね、電話するから」
「……絶対?」
「絶対。それにほら、まだあと一週間後だし、ね」
泣きそうな天使は僕から志乃へ視線を移し、「はるちゃんいいなあ」と口を尖らせた。
可愛い。せっかく可愛いのに、どうしてそれを志乃に見せてしまうのか。自分が残念なほどのシスコンであることは自負しているけれど…というか自覚しているだけに、感じたことが素直に行動に出た。
「まお、絵本読んであげる」
小さな手を取ってそう言えばすぐに僕を見てくれると知っているから。
「えっ、りんちゃ…」
「わーい!りんちゃんのお膝がいい〜」
「え!?ずるい!」
「はるちゃんは大きいからだめだよ!」
「いいなあまおちゃん…」
「ちょ、やめてよ、保育園児と」
心底残念そうに目を伏せた志乃はしばらくその場から動かなかった。僕はソフォーに座って膝にまおを乗せて、ご機嫌取りのため絵本を心を込めて呼んであげた。
それからの一週間は本当に早くて、いろんなことが着々と決まっていくのを他人事みたいに感じながらもやっぱりそれは自分のことでもあって、変な感覚だった。ああ、修学旅行に行くんだなあと、冷静に思いながら帰ってきて少ししたらもう冬休みだし、こんなにも時間が流れるのって早かったけと気づいたのは修学旅行当日のことだった。
「おはよ〜あー、眠すぎ」と言う声があちこちから聞こえる中、僕は別れたばかりのまおのことで頭はいっぱいで。「りんちゃああん、早くかえって来てね〜」と鼻をぐずぐずいわせていたその幼気な姿が頭から離れない。
「りんちゃん、大丈夫?」
「え?あ、うん、ちゃんと寝てきたし平気だよ」
「そうじゃなくてー」
「?」
「まおちゃんのことばっかり考えてない?」
「そりゃ、あんなに寂しがられたら」
「……ごめん」
「え、なに?」
バスに乗り込むなり落ち込んだように項垂れた志乃は、けれど脱いだブレザーを僕の膝にかけてくれるという優しさを発揮した。
「いや、俺、まおちゃんには悪いけど、りんちゃんとずっと一緒に居られるの嬉しいなって」
「へ」
「まおちゃんも一緒ならなおさらいいけど、自分だけこんなに嬉しいってなんだかまおちゃんに悪いことしてるみたい」
修学旅行で恋人の妹に罪悪感を抱くとかどこまでピュアなの、と思いながら顔を覗き込むと先生が出発の合図を出してバスが揺れた。乗り込んですぐはそれなりに賑やかだった車内が、徐々に静かになっていくのはみんなこの朝の早さに耐えきれず眠ってしまったからだろう。その中で僕だけに聞こえる声で話を続ける志乃は、僕の膝に乗せてくれたブレザーの下へ手を忍ばせてきた。
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