「おはよう」
「お、はよう」
どうしよう、恥ずかしい。
いつも通り制服を着て、少し寒そうに肩を竦めた志乃を玄関で迎え入れたものの、顔を直視できなくて視線が下がる。
「平気?からだ、」
「、うん、大丈夫」
だめだ、昨日のことが頭から離れない。
じんわりと痛む下半身が忘れさせてくれないのもあるけれど、それよりも昨日の光景が鮮明に過りすぎて。
「……なんか」
「…ん?」
「恥ずかしいね」
それを言うのも恥ずかしいだろうに。そうだねと答えてリビングへ戻ると、まおが歯を磨きながら志乃を出迎えた。
「はるちゃん顔赤いね、だいじょうぶ?」
「えっ!?あ、うん、大丈夫だよ」
昨日はあれから二人でプリンを食べて、まおを迎えに行きがてら志乃は帰っていった。家でおばあちゃんたちが待っているからと、いつもより少し早めに帰ることにしたらしい。僕としてはありがたいというかなんというか…とにかく恥ずかしくて、うんとかすんとかしか言えなかったから素直に見送った。
学校でも一日中その事ばかり考えてしまって、顔が赤いことを何人かに指摘されてしまった。樹くんだけは察してくれたのか、それについては触れず「今度のテストさ」と、逆に不自然な質問をしてきた。
「遥は大丈夫なのかよ」
「な、なにが」
「テストっつてんだろ」
「え、ああ、うん、多分」
「多分って…」
「ま、前よりちゃんと勉強してるし」
「マジで勘弁してくれよ〜」
「うるさいなあ、大丈夫だってば!」
そうだ、テスト…ああ、テスト。
そのあと修学旅行…12月に沖縄ってどういうことなのか分からないけど、それがうちの学校の定番になっている、らしい。恐らく、熱い時期の沖縄ではいろいろと問題があるのだろう。海水浴とか、あとほら、夏だし…
『二年一組音羽凛太郎さん、至急生徒会室まで来てください』
「、あ、僕?」
森嶋の声だ、と反射的に気づいたけれど自分が呼び出されている、と気づいたのは一拍遅れてからだった。行かないでよ〜と駄々をこねる志乃をその場に残し生徒会室へ向かうと、これまたいつも通りの森嶋が出迎えてくれた。
「あ、これ文化祭のアンケートなんだけど、配っておいてくれる?」
「あ、うん」
「本当は直接渡したかったんだけど、今日休みでしょ、実行委員の子」
「ああ、うんそっか」
「……」
「森嶋?」
「ごめん、なんでもないよ」
差し出された紙の束を受け取ると、森嶋は僕の顔をじっと見た。ずっと赤らんだままなのを気づかれては困るなと、慌てて視線を落とすとするりと森嶋の手が頬を掠めていった。
「へっ、」
「顔、赤いかなって。気のせいか」
「うん、平気だよ」
「そう、そっか」
「?」
わしゃわしゃと、今度は僕の頭を撫で回してもう一度そっかと呟いた。こんなことをするタイプではないだけに、これはやっぱり何か変だと思われたのだろう。気を遣わせてしまったかもしれない。
「何かあったら相談してね」
「あ、うん、ありがとう」
何か言わなくてはと思ったものの、自分のことで一杯一杯で無理だった。結局僕は軽く手を振ってそこを出た。
───…
「おめでと」
「ありがと」
「誕生日」
「分かってるし」
「だよな〜それ以外何があるんだって話か」
これは察していてあえて言っている。憎たらしい。遥はそう思いながら樹を睨んで机に伏せた。
「いや、お前ら意識しすぎて変だからな」
「……」
「あれだろ、可愛さが増したとか」
「…うん」
「素直だな、キモい」
「ほんとうるさい。しょうがないじゃん本当のことなんだから」
「誕生日と脱童貞のお祝いパーティーでもするか」
「うざい」
「はいはい。まあ大事にしてやれよ。あ、してるか」
「うん」
「…はぁ〜そっかそっか」
「なに」
「いや、お前がそうやってじいさんばあさん以外を好きになれて良かったなと」
好き好き大好き、付き合うことになった、と。それだけではなくて。大事で大事でたまらなくて、そういうことがしたくてしたというよりはもっとくっつけたらいいなと、そうやって段階を踏めて。友達とは違った繋がりを持つことが出来て。
「あ、戻ってきた」
「りんちゃん!」
「新会長になんかされてたりして」
「変なこと言わないでよ」
「大人の階段上るってそういうこと」
「意味分かんない」
「だから、お前が、音羽が余計可愛く見えてるってことは、あいつのこと好きなやつからしたら同じってこと」
はあー?と首をかしげる男前に、樹は軽く肩にパンチをしながら続けた。
「音羽の魅力みたいなもんが増して更にモテるかもってこと」
今モテてるかは微妙なとこだけど。
「……」
まあとにかく同時に、志乃遥の男前具合にも磨きがかかったということになる。それを本人は理解できないだろうし、どんなに言い聞かせたところでりんがりんが〜とそればっかりなんだろう。
「それ、困るじゃん」
「おせーよ。だから言ってんだろ」
戻ってきた凛太郎に駆け寄った遥は、肩を掴んで髪の毛の先から足の先まで舐め回すように眺めて、「大丈夫だった?」なんて声をかけた。意味がわからず首をかしげたのは当たり前で、その仕草さえ前にも増して可愛く見える遥は一人その場で悶絶していた。
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