「目、閉じて」

「えっ!あ、はい!」

ちょっとそこまで強く瞑らなくていいよと笑ったけど、志乃はそのままだった。

「誕生日おめでとう。ありがとう、生まれてきてくれて」

恥ずかしくて死にそうだけど、それでもがんばって言葉にして、そっと唇を重ねた。

「、」

「っ!ちょっ、目…え、」

「ごめん、りんちゃんがチューしてくれるのかもって思ったら、瞑ってられなかった」

顔を離して気づいた志乃の視線からはもう逃げられなくて、きっと今真っ赤なんだろうな自分、とやたら冷静に思った。

「ああもう、ずるいなあ。こんなに俺のこと喜ばせてどうするの?」

「誕生日なんだからいいでしょそれくらい」

「じゃあもう一回して?」

あざとく「はい、ん、」と軽く突き出された唇を指で摘まんでから、もう一度自分の唇を押し付けた。それから下唇を柔く食むと、志乃は同じように僕の上唇を甘噛みした。

「ん、む、はる」

離れようとすると追いかけるように志乃の唇はついてきて、隙間なく口を塞がれる。結局主導権はこの男前に握られるんだなと、逃げるのを諦めると、脇に手を入れられて抱き上げられた。

「遥?」

「ちゃんとキスしたい」

「今した─」

「もっと」

よっこいしょと胡坐をかく志乃の上に乗せられ、志乃が僕を見上げる形でキスをねだった。
ああ、もう、と小さくため息を落としてからその唇の端に吸い付いて体を寄せた。抱きつかれるとは思っていなかったのか、一瞬肩が揺れたた。それから志乃の腕がぎゅっと抱き締め返す。

「はあ〜りんちゃん大好き。もう今日が一生終わんないといいのに」

「今日じゃないとだめなの?」

今日じゃなくても僕は志乃が好きだけど、とはさすがにもう恥ずかしさの限界で言えなかった。

「来年もお祝いするよ」

「あ、涙出てきた」

「あはは、なんで」

本当に涙をにじませた志乃を見下ろすと、その顔に負けてもう一度キスしてしまった。
ちゅっちゅと、何度も啄みながら気づいたら舌が触れあっていて、志乃がゆっくり僕を抱っこして立ち上がった。

「ちょ、危な…」

「りんちゃん」

「うわ、え」

ギシリと音をたてたのは自分のベッドで、ドアも開けたままの部屋に、けれどそれはひどく大きく響いた。心臓が一気にうるさくなった僕をよそに、志乃は隣に寝転んでへらへらと体を寄せてきた。

「りんちゃんの匂い〜」

「嗅がない」

無理矢理鼻を摘まんでやり、緊張を誤魔化すために志乃に背中を向けた。それでもくっついて、後ろから抱き締めてきた志乃は「温かい」と小さく呟いて僕の旋毛辺りに顎を埋めた。背中に感じる志乃の心臓の動きが自分よりドキドキと早くて、それにも緊張してしまった。

「りんちゃんこっち向いてよー」

志乃は何を考えてるのか知らないけど、僕はそんな人のことなど考える余裕もなくて。背後から覆い被さるように体を動かして、ほっぺにキスなんかする志乃に、それを悟られたくはなくて。

「りんちゃん」

「、はるか…」

むぎゅっと掴まれた顎を志乃の方に向けられ、不格好に唇が重なった。少し湿ったそれが妙にいやらしくて、思わず鼻から息が抜けた。

「あー!だめだめ、そんな顔しちゃだめ」

「ぐえっ、苦し…」

「わあ、ごめん…いやでも、りんちゃん、そんなエッチな顔しちゃだめ」

「えっ、はあ?」

逆にこれはそういう展開なんじゃないのかと、そう思った僕はどうしたら良いのか。もちろん、まだ心の準備はできてないけど。

「お昼寝しよう、ね」

「キスはもういいの?」

「……」

「寝る?」

「…待って、もう一回だけする」

ふーと大きく息を吐いてから、思いきり色気のないキスをされた。むちゅっと。

「遥」

ああ、愛しいなと、その瞬間改めて感じた。この意地を張ったみたいに我慢する理由は謎だけど、今度は僕が離れた唇を追うと、それもぷつりと途切れたように体が布団へ縫い付けられた。

「無理、我慢できないってば」

「なんで我慢?」

「だっ、て…なんか、そんな下心ばっかとか、思われたくないし」

「思ってないよ」

ああ、勢いで押し倒したものの準備不充分で断念したのを気にしているんだろうか。変なとこでヘタレてるんだな、この男前は。

「……やじゃない?」

「僕嫌なんて言った?」

「一度も言ってないでしょ」と笑えば、安心したようにまた志乃の目に涙が滲んだ。

「でも、無理、心臓痛い。ドキドキしすぎて倒れそう」

「うん、僕も」

こんな顔もするのか。
これも僕しか知らないと良いな。
運動した後でもないのに、こんなに心臓が早くなることがあるんだと、志乃が初めて知ってくれていたら嬉しい。
そんな僕の様子を伺うように、ゆっくりゆっくり顔が近づいてきて、そっと目を伏せた。心の準備はやっぱりまだ出来ていないのに、何故かすとんと、胸に落ちてきたものがあって。言葉じゃ足りないものを、ああこうやって伝えるのも一つの手段なのかな、と。たくさんキスをして、肌と肌を重ねて、深く繋がりたいなと、お互いが同じタイミングで思ったから。

「凛太郎」

一つ年を重ねた志乃は、けれど変わらず僕に好きだと言って笑ってくれた。熱くて痛くておかしくなりそうなのに、好きな人と繋がっていることがこんなに気持ちいいのかと。僕は志乃を見上げて漠然と思っていた。


─ to be continue ..



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