次の日、志乃は学校に来なかった。

渡そうと思って鞄に入れておいた彼のシャツは、帰宅するまでそこから出すことはなく。別にいなければいないで、僕には関係ないはずなのに。あれだけ一日べったりだった姿がないだけで、妙な寂しさに似た感情を抱いたのは隠せなかった。それがなんなのか、僕にもよく分からないのだけれど。
落ち着いて授業を受けられたのはよかった。ただ、志乃がいないのを狙ってなのかなんなのか、やたら女子に睨まれたり聞こえる声で嫌味を言われる日になってしまい、気分の良いものではなかった。

「志乃くん今日休みなんだ〜」

「音羽に嫌気でもさしたんじゃないの」

「べったりだもんね、友達面しちゃってさ」

「見るに堪えないっての」

まあ、言われる理由はよく分かっていたからまだ我慢できたけど。いくら不良だと言っても、あれだけ見た目パーフェクトな志乃がモテるのは考えなくてもわかる。普段から僕が志乃の隣にいるのを面白く思っていない人はたくさんいたと思う。けれど、僕だけにその怒りの矛先を向ける隙がなかったからこの1ヶ月何もなかっただけ。
志乃が居ないとなれば、これチャンスと言わんばかりに攻撃される、というわけだ。分かってはいても、それでもやっぱり傷つくものは傷つく。僕だって人間なんだから。

それからもう一つ、今日はさらに疲れることがあった。

「あ、音羽」

「……森嶋」

「今日志乃休みなんだって?どうしたの」

「僕にそういうこと聞かないで」

しかも廊下の真ん中で。ただでさえ今日は視線が痛いというのに…疲労の上にさらに上積みされたそれに、けれど相手が相手なだけに申し訳なさも生まれてしまって。

「ああ、ごめん。あの、この前のことなんだけど……」

「……ごめん、まだ…言えてない」

「やっぱり無理かあ、悪かったね、無理な頼み事して」

森嶋の困ったような顔に、さらに申し訳なくなってしまって、それにもどっと疲れを感じた。
僕が言ったところで志乃が髪型を変えるとは思わない。でもそれ以前に、僕は志乃のはちみつ色の髪が好きだ。下品に見えない、透き通った綺麗な金髪。いや、“金髪”とは思わない…そんな人工的ではなく、本当に自然に志乃に馴染んでいる金色、という感覚。

「ううん、力になれなくてごめん」

「本当にごめん、ありがとう」

手を振りわかれてから家につき、今日学校で声を出したのはその時だけだったなと気づいた。

「りんちゃん、今日のお弁当可愛かったね」

「、ほんと?」

「うん、くまさん食べるの、もったいなかった」

でもちゃんと食べたんだよ、おいしかったよ、と繰り返す妹の頭を撫でてから、夕食作りを開始した。まおが生まれてすぐ父親が死んで、母さんは昼も夜も働きっぱなしで僕ら二人を育ててくれている。代わりになんて全然なれていないけれど、妹の世話や家事ははほぼ僕がしていて、母さんとまともに顔を合わせられるのは週に数えるほど。きっとまおには寂しい思いをさせてしまっている。

「りんちゃん、今日はるちゃん来ないの?」

「え?」

“家庭の事情”を理由にはしたくないけど、でも家のことをしなくちゃと、妹がいるからと、僕はまともに友人と遊びに出かけたこともない。だから自然と人は離れていったし、それを気にすることもないままここまで成長してしまったわけで。いじめの対象になるほど目立ってもいなかったし、居ても居なくても特に変わらない存在だった。
だから当然、家に誰かを連れてきたこともなくて。まおが生まれる前にならあったかもしれないけれど…僕の記憶でも曖昧なことなんだから、ないに等しい。だからまおにとって志乃は“りんちゃんの大事なお友達”に見えているんだろう。彼女としてはそれが、嬉しいのかもしれない。幼いながらに、何かを感じ取って。

「はるちゃん」

「あ、うん…来ないよ。ほら、まおはレタスちぎってこっちのお皿に盛って」

「はーい」

「全部ちぎったら、プチトマトを二つずつ乗せるんだよ」

「ふたつずつ」

「ん、じゃあよろしくね」

そう、幼いながらにも何処かで気にしているのかもしれないと。彼女は大きくなって、周りが見えるようになったら、きっと僕に申し訳ないことをしていたと、気にするのだろう。僕は微塵も、まおを迷惑だとか邪魔だとか思ったことなんてないのに。

何となく、漠然とそんな考えが巡っていた。
久しぶりに、“寂しい”と感じたからかもしれない。ほんの数か月前までは当たり前だったことが、もう既に当たり前ではなくなっていたんだ。僕の日常の中に、志乃遥が、腰を下ろしてしまっていたから。

─ to be continue ..



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