「う、わ…」
熱視線。
きれいな横顔が、何かを見つめて停止している。見つめる先は映っていないけれど、その真剣な眼差しに、ぐらりと体が揺れる気がした。そんな目で何を見てるの、と、確かに思うけれど、それよりもとにかく綺麗だと思った。
「志乃くんきれーだね」
「……うん」
それが消えると、暗いステージ上に志乃一人、スポットライトを浴びたその王子様が一人でプロポーズの言葉を述べて、幕は下がった。誰に向けたものかは分からないそれは「貴女を世界で二番目に幸にする、なぜなら貴女と出会えたわたしが世界で一番幸せだから」みたいな、どこかで聞いたような、何かのパクリの台詞だったけれど…しん、と一瞬静かになって、すぐに悲鳴めいた完成が上がった。これ、男前だから許されるんだよなあと、その場にいた全員思っていたに違いないそれを、志乃はさらりと言い遂げた。
こうして劇は成功に終わった。
「りんちゃーん!」
「まおっ、わっ」
終わってからの写真撮影会はすごくて、でも流石に他のクラスの子は断って僕らは教室に戻った。まあ、主に志乃がすごかっただけなのだけど。その教室にまおがパタパタとやって来て、僕に飛び付いた。
「劇おもしろかった!」
「ありがとう」
「はるちゃんかっこよかった〜」
教室のドアのところには母さんがいて、中には入ってこなかったけど手を振ってくれた。
「格好良かったね」
疲弊しきった志乃に「お疲れ様」を言ったのは終わった直後。でもたぶんきちんと聞こえてはいなかったのだろう、曖昧に頷いただけだった。
「あ、まおちゃんだ、こんにちは」
「こんにちは!」
「あ〜ほんと可愛い。天使」
ね、僕もそう思うんだよね、という言葉を飲み込んで声をかけてくれたクラスメイトに微笑むと、笑うと似てるねと言ってもらえた。
「りんちゃんもう帰る?」
「ううん、まだ。帰りのホームルーム…帰りの会?みたいなのもあるし」
「そっかー、じゃあ先に帰るね」
「校門まで一緒に行くよ」
「ほんと!?わーい。手つなぐー!」
「どーぞ」
いやもうほんと天使。
クラスメイトもみんなそう思ってくれたはず。着替えを始めた志乃に一言声をかけてから、まおと母さんを校門まで見送りにいった。途中でちらりと覗いた体育館はまだステージ発表が続いていて、おそらく演劇部らしい、本格的な劇が披露されていた。
「今日は餃子パーティーだよ、りんちゃん」
「僕も手伝うから、慌てて用意しなくていいよ」
「まおも包むー!」
「うん、一緒に作ろう」
「うん!」
「じゃあ、りんちゃん、あと少し楽しんでね」
「ん、来てくれてありがとうね」
楽しかったよと言い残して去っていく二人の背中を見つめて、時折振り返るまおに手を振り返していたら「あの、」と声をかけられた。
「さっき、志乃さんといた人ですよね」
「あ…」
さっきの。あれ、よく僕のこと分かったな、ちらりとしか見てないのに。と、変に感心していたら、さっき志乃に声をかけてきたその子は一歩距離を詰めてきた。僕とそんなに変わらない目線だ。
「聞きたいことがあるんですけど、いいですか」
「え、っと…僕に?」
「いや、誰でもいいんだけど、さっき志乃さんといたし。今つるんでるんでしょ?志乃さんと」
つる…いや、どうだろう。恋人です、とは流石に言えず「う、…ん」と唸るしか出来なかった。その子は怪訝そうに眉を寄せつつ、「志乃さん変わりましたよね」と言葉を続けた。
「なんか、まるくなっちゃって」
「は、あ」
「ギラギラしてたときが嘘みたい」
「そう、だね」
どうして僕にそんなことを言うんだろうか。
「……正直、今の志乃さん格好悪いです」
「え?」
「前の方が格好よかった。強くて、威圧的で。そう思いませんか」
「いや、僕は」
今の志乃の方が志乃らしいと思う。のは、僕が昔の志乃を知らないからか、強くて威圧的な志乃を日常的に見ていないからか、それは微妙なところだけど。でも、今の志乃が好きなのだからそんな風に言われていい気はしない。
「ま、きっぱり言われたらもう言い返しようがないし、あそこまでして抜けたんだから仕方ないけど」
この子は、きっとすごく、志乃のことが好きなんだろう。尊敬していたと、憧れていたと言っていた。僕の知らない志乃を、僕が怖いと思っていた志乃を、好いていた。それが悔しいのか、単に不快なのか、分からない。でもやっぱり良い気はしない。今の志乃を否定されているみたいで。
「すいません、見ず知らずのやつがこんなこと言って」
でも同時に、志乃本人が嫌がる前の志乃を、好いて慕ってくれる人がいることも事実な訳で。だから志乃が、あんなにも怒る必要なんて無い気がしてくる。
「志乃さんに、劇良かったって伝えてください。じゃあ…」
変なの。複雑な心境だ。
「…志乃は、今も格好良いのに」と、無意識に出てしまった言葉に一人赤面して、名前も知らない志乃のファンまで見送ることになってしまった。それから教室に戻ると遅いから心配したという志乃に思いきり抱き締められた。