「次は二年一組による“王子様と七人の美女”です。一時半よりスタートです」
髪型、服装、小道具、音響、ライト、準備万端でみんなで円陣を組んだ。それからそれぞれ持ち場に着くと少ししてから実行委員長の司会の声が響いた。
「遥」
「…」
「はるか、」
「、うん、?」
少し前まで動揺していたおかげと言うかなんと言うか、変に緊張はしていなかった志乃。だけどさすがにドキドキしてきたのだろう、微妙に顔色が悪い。
心配で近寄ると、やっぱり少し青くて眉間にシワまで浮かんでいた。僕はセットされた髪の毛を崩さないよう、頭に乗せられた王冠に触れた。それを直すふりをして志乃に顔を寄せ、こそりと「大丈夫」と呟けば、志乃はきゅっと唇を噛んで頷いた。一瞬で男前に戻るからすごい。いやずっと格好良いんだけど。
「それでは、二年一組で王子様と七人の美女です」
するすると幕が上がると、暗い体育館内に人が密集していた。うわ、こんなにたくさんの人の前で演技をするんだ、と他人事のように思いながら志乃の背中をステージ袖から見送った。
案の定、志乃が現れた途端密集した中に生まれたざわめきは、王子様の完成度への称賛だった。一人、二人、美女が登場する度沸く笑いとは別物だ。馬鹿も不良もうけた。オタクに関してはオタ芸が圧巻のパフォーマンスとでも言わんばかりの爆笑だった。
「王子様、どうかわたしを─」
「すみません、僕より大きい方はちょっと…」
「この筋肉がいけないのですか?そうなんですか?このチャームポイントの、広背筋がだめなのでしょうか?わたしが妻になった暁には、王子様をわたしより大きくさせて見せます」
滞りなく話は進み、懸念していた志乃の台詞も完璧だった。最後の方は練習でも完璧だったけど、まさか本番でここまで詰まったり噛んだりしないとは、誰が想像したことか。一人しみじみそう考えていたら、後ろから思いきり服を掴まれて体がのけ反った。
「へっ、うわあ…」
「静かに!あのね音羽くん、水波くんのドレスなんだけど…」
「え、なに?」
「ファスナー、上がんない」
「えっ!?」
最後の変態美女水波くんは、申し訳なさそうに僕に腰を差し出した。
「さっきまで上がってたんだけど、急に下がっちゃって」
え、なんで?と薄暗い中で見つめてみたけれど、原因は分からない。サイズが小さかったかと思ったものの、ちゃんと採寸したし、事実ちゃんと着れていた。
「ま、巻いたら?こうやって」
「無理無理、股間見えるって」
確かにそこまでの変態は狙っていないし、露出のしすぎで止められてしまうかもしれない。
「……もしかしてお昼食べ過ぎた、とか?」
「そんなことは…あ、いや、うん…」
「とりあえずここテープで止めとく?こんな暗いとこで裁縫するの危ないし」
レース素材のスカートにガムテープはちょっと無理だ。ウエスト部分を掴んだだまま演技するしかない。
「と、とりあえずウエスト折り返してこのショール肩じゃなくて腰に巻いて。ほら、見えない見えない」
「落ちたらフォローしてくれよ、頼むから」
ステージ上で下がってしまったらどうにもしてあげられないけれど、ここは素直にうなずくしかない。僕と三崎さんは二人でオッケーサインを出して最後の美女を見送った。
「大丈夫そうだね」
「うん、焦った〜」
水波くんは予定通り王子の太ももを撫で回すという大役を演じきり、逃げ切った王子は長い長いお嫁さん探しを終え城へ無事帰還した。
「王子、少しばかり理想が高いのではないでしょうか。どの方もお綺麗でしたのに」
くすくすと聞こえる笑い声を背に、王子は項垂れる。
王子様が憂いる姿は本当に綺麗で、それがあの犬みたいな志乃だと分かっていても、本当は泣き虫な志乃だと分かっていても、見とれてしまう。
結局、王子はどの美女とも結ばれないものの最終的に七人の美女が全員押し掛けてきて賑やかに生活する。なんだよお姫様いないのかよ、というオチだ。本当はしっかり美女で締めたかったけれど、そんなおいしい役をどう決めるのか、嫉妬の視線に耐えられるのか、という問題に解決策がなく無しになったおかげで最後まで笑いの起こるものとなった。
賑やかに王子様を追いかけまわして暗転。そのとき水波くんのスカートが完全にファスナー全開だったことには、みんな気づいていただろう。そして暗転したまま、ステージ上のスクリーンにエンドロールの動画が映し出された。写真と役と名前が順番に映り、有名なラブソングのサビ部分は練習風景やオフショットが流れる。作った子すごいなと感心しながらそれをステージ袖で眺めていたら、最後の写真に心臓が跳ねた。
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