「?」
「うわ、まじ志乃さんだ!」
まじ志乃さんとはなんだ。偽物の志乃が居るのかと、おかしいこと言う人だなと、その声に視線を向けると。すでに隣にいた志乃が僕より一拍早く姿を確認していたようで、「誰」と、ひどく冷たい声でその問うていた。私服姿だけど、恐らく同じ高校生くらい。短い髪を明るい茶色に染め上げ、片耳にだけやたらピアスをしている、所謂“不良”っぽい人だった。僕はもちろん見覚えなんてなくて、そうか今日は休日だから他の高校はお休みだし、来ていてもおかしくはないかと、ただそう思った。だけど、彼の知り合いらしい志乃を見上げると、その顔に表情はなくて。
「こんにちはっす。俺、志乃さんが頭張ってた時に白狼いたんですけど」
ぞくりと、背中が震えるほど怖い顔だった。
“白狼”って…あれ…と一瞬思った僕はそれが何のことか忘れかけてた。完全に平和ボケだ。
「それが、なに?」
「え、いや、その時は挨拶もまともにさせてもらえないというか…近寄れなかったから、なんか、嬉しくてつい声を…会えて嬉しいです」
「ああ、そう」
「ああの、また、白狼のたまり場、顔出しにとか…みんな、志乃さんのこと待ってますし。ほら、何て言うか…」
ああ、あれだ、志乃の…本当にそういうこと、忘れてた。不良と呼ばれてた面影ないよなあとか、そういうことはたまに思い出していたけれど。そういえば結局アマさんともあれ以来遭遇していない。
「行かない」
「でも」
「俺が居た時に居たんでしょ?だったら行くわけないって分かんないかな」
「……」
「俺もう、無関係」
「いえあの…すみません、偉そうに声かけて…でも、ほんと、志乃さんのおかげでいろんなことが変わって…俺、志乃さんのことすごい尊敬してて、憧れてて…」
こんなに怖い顔を見るのは久しぶりだった。
拗ねたり不貞腐れたり、そんなのとは比にならないくらい怖い、怒った顔、だ。
「俺もう行くから」
「あっはい、すいませんでした 」
そっと志乃のシャツを掴むと、何とも言えない悲しい顔をした志乃と目があう。一瞬だけ振り向いて志乃の昔のメンバーくんとやらを見ると、完全に肩を落としてシュンという音まで聞こえてきそうなほど俯いていた。なんだか可哀想だと思いつつもそのまま無言で校舎へ続く通路を渡った。するとそこで不意に手を取られ、保健室へ押し込まれてしまった。
「へっ、なに、どうしたの」
あれ、先生いない、と思ったものの、そういえば通路ですれ違ったなと思いだす。鍵を閉めないで長く開けておくことはないだろうから、きっとすぐに戻ってくるはずだけど…この賑やかな敷地内で、二人きりの空間、と言うのは変にドキドキした。何より、本当に悲しそうに目を細める様子が、いつもの子供みたいな顔とは違って緊張してしまったのかもしれない。
「さっき…」
「ん、?」
「体育館にもいた」
「え?あ、今の子?」
「ううん、違くて…その、なんかチーム?に居た頃の…五人くらい。その中の一人と目が合った気がして、でも気づいてない振りしようと思って…」
「あ…そう、だったの」
だから森嶋に声をかけられた時もいつもと様子が違う気がしたのか。あまり声を上げて見つかってしまわないように…そう、絡まれたくなくて。ということだろうか。
「なんにもないんだよ?ほんとに俺、抜けてからそういうの関わってないし、りんちゃんがそういうのに巻き込まれないようにちゃんと考えて、それで…」
本当のことなんだろう。実際僕も絡まれたのは一度きりだし、なんなら忘れてしまっていたくらいだし。
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