「では、みなさん楽しんでください」
文化祭当日、校長先生はにこにこと機嫌良く挨拶を終え、無事開会式が終わった。教室に戻っていく波に紛れ、僕らも教室へ。
僕のクラスの出番は午後。一時半からだから、その一時間前に一度流しでリハをしてそれから準備をする。それまでは自由時間だ。
「りん、どこから回ろう」
一緒にまわろうねと、約束をしていたわけではないのに当たり前のように僕の手をとる志乃。それが嬉しくて、「冊子に書いてあったよね」と配布された冊子を開いた。
「まおちゃんたちはいつくるの?」
「お昼すぎだと思う」
今朝は母さんに見送られて志乃と二人で登校した。まおが微妙な顔をしていたのは、どうして自分は休みなのに僕が学校へ行くのか分からなかったからだろう。後でまた会えるからと言えば、さらに首を傾げていた。
「あ、樹くんのクラスのダンスも今日だね」
「樹がダンス〜?」
「練習頑張ってたよ」
2、3度見かけただけだけど。
あの習字を見た後で、そういえばと思って教室の前を通るとき少し覗いたのだ。真面目に練習している赤髪は異質だったけど、元々運動神経がいいのかダンスも様になっていて格好良かった。
「うわき」
「はいはい」
「りんちゃん」
「ん?」
いつもとは違う雰囲気の漂う廊下へ出ると、志乃の手がくいっと僕のニットベストの裾をつかんだ。「どうしたの」と問うても、なぜかむすっとしたまま口を割らない。
「……遥」
「っ!」
「置いてくよ?」
「や、やだ!一緒に行く!でも樹の話はもうなしね」
「どうして」と聞かなくても、やきもち、だろう。顔にかいてある。でも、きっと今日と明日、僕は志乃に嫉妬し続けるに違いない。体育祭の時と同じように、志乃はたくさん呼び止められるだろうし、なんなら告白だってされるかもしれない。そんなのを目の当たりにしたら、志乃よりずっと不機嫌になってしまう自信がある。
「手繋いでもいい?」
それに、今日は祝日だ。保護者だけでなく外部からもそれなりに人が足を運んでいる。志乃が目につかないはずがない。
「だめ」
「でも繋いでないとはぐれるかも」
「そんなに混雑してない」と返すと、泣きそうになりながらいまだ掴んでいた僕の服から手を離した。それがなんだかあんまりにも可哀想で、今度は僕が志乃のシャツを掴んだ。
「っ、りんちゃん?」
腰の辺り、前からは気付かれないだろうけど後ろからは丸見えだ。けれどまあ、志乃の半歩後ろを歩けばそんなに目立たない、か。
「キスしたいね」
「それはだめ」
「分かってるってば〜」
それから楽しげな志乃と肩を並べ、教室展示や模擬店をまわった。文化祭だなと実感しつつ、隣では志乃も同じようにはしゃいでいて。それだけでとても嬉しく、楽しかった。
最後は自分達の練習の前に樹くんのクラスのダンスを見に行った。樹くんのことでふて腐れた志乃も楽しんでしまうくらいに、それは見入ってしまうものだった。
「遥、そろそろ教室戻ろう」
「あ、うん」
体育館内には結構人が集まっていて、この前で…と考えると出番のない僕まで緊張する。そう思いながら立ち上がると「音羽」と新生徒会長の声が聞こえた。とんとん、と軽く肩を叩かれて振り返ると、思った通り森島がいた。
「森嶋、お疲れ様…って、まだまだ仕事あるか」
「あはは、まあね。でもありがとう。音羽の顔見たら元気出た」
「なにそれ」と笑ったら、珍しく志乃がぱっと森嶋から視線をはずした。隣であからさまに顔を逸らされては視界に入る。ただ、つっかかる、というと聞こえが悪いけどいつもはそんな感じなのに…と、むしろ変な感じがしたのだ。
「もうすぐだね」
「あ、うん」
「応援してるから、頑張って」
「ありがとう」
「志乃も、頑張ってね」
「……ん」
「、どうかした?」
「ううん。何でもない。教室…行こ」
「あ、うん。じゃあ森嶋、行くね」
「うん」
ひらりと手を振った森嶋に僕も軽く手を振り返して体育館を出た。志乃にどうしたのと、もう一度聞こうかと思って口を開いたら、それを遮るようなタイミングで「あれ、志乃さん?」という、全く聞き慣れない声が僕らに向けられた。
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