薄暗いし今この場には僕と志乃しかいないけれど、みんなの声は聞こえる。そんな中でキスなんてしていて、見られたりしたらどうするのかと、志乃を押し退けた。けれどそんな僕の手は簡単に捕まれ、強引に壁に押さえつけられてしまった。

「ちょっ」

「りん」

「え、なに?」

「さっき…」

「さっき?」

「りんちゃん浮気してたあ」

「はあ?」

「してたじゃん!ほら、一緒になんか作ってた、あのショートカットの」

「田倉さん?」

「そう!」

さっきがいつのことかは分からないけれど、最近一緒に作業しているのは三崎さんと田倉さんで、髪が短いのは田倉さんだ。まさかその光景を浮気してしてる、と捉えたのだろうか。

「浮気って」

「絆創膏。貼ってあげてた」

「それが、浮気?っていうか見てたの?」

「当たり前じゃん!俺はいつだってりんのことしか見てないもん」

そうじゃなくて。練習してたんじゃなかったのか。それを言うのはさすがに躊躇われて黙ると、それがいけなかったのか志乃は口を尖らせてしまった。

「浮気だよ〜!俺以外にあんなことしちゃダメ」

「でも、血が出てたから」

「……でも、りんが貼ってあげなくてもいいじゃん。田倉さんがりんのこと好きになっちゃったらどうするの」

いや、そんなに簡単に好きになったりはしないだろう。…この目の前のイケメンがどうだったかは別として。

「指だったから、自分じゃ貼りにくいでしょ?」

「でも〜…」

「遥」

「うっ、はい」

我が儘を言っている、という自覚はあるらしい。怒られた犬みたいに耳と尻尾を下げたような顔をした志乃は、情けなく眉を下げて俯いた。

「みんな待ってるから、着替えよう。手伝うから」

「りんちゃあん」

「ほら、ズボン脱いでこのタイツはいて」

「…はい」

「はける?」

気持ち悪いと言いながらも素直に白タイツをはいた志乃に、誰かの中学のハーフパンツで作った王子様のカボチャ風パンツを渡すとこれまた素直にはいてくれた。いつもは上着とシャツ、髪型をセットしたりするだけだけど、ここまで本格的に王子様の格好になると全然違う。

「はい、シャツ」

「はい」

「ジャケット羽織ったら、ちょっと座って」

いや、客観的に見て明らかに“うける”と言われる要素だらけなんだけど…白タイツにカボチャパンツに襟元にフリルのついたシャツ…志乃が着るだけで絵本の中の王子様になってしまうからもう何も言えない。

「ん」

「じっとしててね」

正座した志乃の肩に手作りの肩章をテープでくっつければ完成。まだ縫い付けるかテープで貼り付けるだけにするかは決まっていない。だからとりあえずの、仮留めで。

「窮屈…、変じゃない?」

「変じゃないよ」

「格好良い?」

「うん」

「へへ、じゃあいい」

王冠は今作成中だけど、なんというか、こういう風にしても笑いを取らないところがすごい。改めて感心しているとそれぞれ女の子の格好をした美女が呼びに来て志乃の髪をいじり始めたからそのまま僕はステージを降りた。

「いや、あのやりすぎの格好でこれだけガッカリしないってスゴいよね」

ステージ前に座っていたみんなのところへ戻ると、やっぱりみんな僕と同じ事を思っていたらしい。きっと当日も黄色い悲鳴が上がるんだろうなと思った。その代わり、かわりというのか何なのか分からないけど、美女は完全に笑いを取りにいっているからバランスはいいかもしれない。

「うひ〜あれスカート短すぎだろ」

「男子ってくびれてないからスカートの形変だよね」

口々に漏らされる言葉を聞き流しながら、僕はぎこちなく進む劇を眺めた。最初から最後まで音やライトをつけての通しで見たのは初めてだった。それは思ったよりずっと形になっていて、最初の頃の絶望的な言い回しの影はなく…頭悪くてもイケメンってなんでも出来るのかと、醜い嫉妬をしてしまった。
8割笑いを取りにいっているだけあって、展開を知っていても笑ってしまうそれは、振り分けられた20分以内にしっかり収まっていた。

“ままお休みだから、まおと見に行くね〜”と、母さんからなぜかメールが来たのは、その次の日だった。直接言えばいいのにとも思ったけれど、すぐ僕に連絡をしたかったのかもしれない。祝日となると保育園もお休みだし、まおを一人にさせちゃうかなと心配していたから良かった。まおも喜んでくれると嬉しいけど。僕らの劇の時間も、抽選で一日目の午後一番と決まったから、きっと劇も見れるだろう。メールの画面を眺めてそんなことを考えていたら、不意に画面に影が落ちた。



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