「ったあ…」
「どうしたの」
「針、刺さった」
三崎さんの横で、田倉さんが持っていた布と針を机に置いた。
「うわ、痛そう。待って、ティッシュならあるかも…あ、ない。さっき佐藤たちがガム捨てるのに頂戴って…」
「いいよ、洗ってくるね」
「あ、僕絆創膏ならあるよ」
立ち上がった田倉さんを呼び止めると、「もらっていい?」と振り向いてくれた。僕は持ち歩いている絆創膏を一枚取りだし、差し出された田倉さんの手に乗せた。
「ありがとう」
「どういたしまして。貼ろうか?」
「いいの?ありがと!」
まおより大きな、けれど志乃よりずっと小さな手を拝借し、細い指にそれを巻き付けた。
「ありがとー、音羽くん」
みんなそれぞれ準備をしていたり練習をしていたりで、僕らのやり取りを見ていたのは三崎さんだけだったらしく。「音羽くんって、女子力高いよね」と、席に座り直した僕と田倉さんを確認してから溢した。
「えっ、そう?」
「だって男子で絆創膏持ってるのなんて音羽くんくらいだよ?それに、女子でもみんなは持ち歩いてないだろうし」
「あー、まおが、怪我したとき用にいつも持ち歩いてて」
「ああ、なるほど」
「気休め程度でも、あるのとないのとじゃ大分違うんだ」
「ほんっとに出来るお兄ちゃんだね」
「そんなことないよ」
「あるよー、音羽くんみたいなお兄ちゃん素敵だもん」
「わたしもそう思う」
いつかまおにそんなことを言われたら…と、考えると涙が出るほど嬉しい。でも、誉めてほしくてしている訳じゃないのも事実なわけで。
「おーい、そこの女子。今から体育館で通しで練習するから衣装とか着せてーって」
「はーい」
あれ、今僕も女子の中に括られてたかなと思いながらも、まあいいかと完成しているものを手に体育館へ移動した。途中、廊下でしゃがみ込む樹くんを見つけて声を掛けた。
「おお、音羽」
「習字?」
「そう。ダンスの演目?みたいな」
樹くんの足元には新聞が広げられ、その上には大きな紙。筆と墨の入った小さなバケツのようなものが傍に置かれている。廊下に新聞を広げるあたり、樹くんぽいなと思ったけど、白い紙に書かれた文字はお世辞にも上手いと言えるものではなかった。
「じゃんけんで負けた」
でも、筆で書かれた英語の曲名はそのアンバランスさがなんだか面白かった。それがアイドルの歌だってことは何となくわかったけど、まさか樹くんもこれを踊るんだろうか。
「俺は違うやつ」
「えっ」
「今考えてただろ。うわ、まじかよーみたいな顔してた」
「う、うそっ」
「冗談」
「俺がこれ踊ると思われたくなかっただけ」と付け加えた樹くんは、明らかにいつもより穏やかで。何か良いことがあったのか、ただ単純にこういうことが楽しいのか、それはわからなかった。
「音羽は?体育館行くのか」
「あ、うん。通し練習」
「おー頑張れよ」
「うん。まあ、僕は何もしないけど」
「あー問題は遥か」
「それ、本人には言っちゃだめだよ。頑張ってるんだから」
「相変わらずだな〜。本番見に行くわ」
「ありがとう。僕もダンス見に行くね」
「いやそれはいいわ」
なんでだと笑いながら手を振って体育館へ行くと、既にみんなそれぞれ準備していた。
「あー!りん、遅い!」
「ごめん、樹くんと喋ってて」
「なんで樹?むかつく」
「えっ」
ぷりぷりしながら早く着替えようと腕を引っ張る志乃に付いていくと、ステージ袖でこっそりキスされた。
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