「あ、うん、ごめん。お迎えの時間」
「あっ、まおちゃん?元気してる?」
「うん、元気だよ」
「音羽くんお兄ちゃんっていうより、お母さんみたいだよね」
「え、そう?」
「うん、面倒見良いし、なんか頼りになるし」
ぴょこりと高坂くんの後ろから顔を覗かせた三崎さんは、高坂くんの彼女だ。そんなこと全然知らなかったけど、どうやら二人は夏からお付き合いしているらしい。周りと言葉を交わさないということは、そういうことも知らないということなのかと気付いたのは、つい最近。
「志乃くんの面倒見てる時とかお母さん臭すごいよ」
「あはは、それは自分でも思うかも。あ、あとここ残ってるんだけど、出来そう?」
「うん、任せて」
「ありがとう。じゃあ先に帰るね」
「おーお疲れ」
「お疲れ、また明日ね」
「うん、また明日」
二人に手を振り教室を出ると、ちょうど志乃が走ってきた。
「わっ、どうしたの」
「りん、帰るの?」
「あ、うん」
「お、俺も帰るから、ちょっと待って」
「え、」
動きやすいようにか、ジャージ姿になっていた志乃は一瞬で制服に着替えて鞄を掴み、ドアのところにいた僕に駆け寄った。
「練習は?」
「体育館、使える時間決まってるから」
「それは知ってるけど、」
「ほら、帰ろ」
「志乃っ、」
体育館が使えなくても、いつも練習しているのに。まあ、毎日、と言うわけではないけれど。そろそろラストスパートをかけてもおかしくない頃だし…と、そんなことを思いながら。学校をあとにした。
「うわ、寒いね」
「そんなに首元開いてたら余計寒いよ」
「ほんとだ、慌てて着替えたから」
くしゃりと歪んだ襟に、無理矢理かけられただけのネクタイは、全く役目を果たしてはいない。見てるこっちが寒くなるそれを絞めたら、志乃はヘラりと笑って僕の手をとった。
「これ、明日の朝玄関でやって」
「は?」
「新婚さんみたい」
「しっ……お、馬鹿なこと言わない」
「なんでー?あ、でもいってらっしゃいもないと、雰囲気出ないかな?」
「出さなくて良い」
そのまま手は恋人繋ぎになり、志乃のブレザーのポケットに連れ込まれた。絡まる指が、時とり僕の手の甲を撫で、その度に喋る声が上ずってしまった。でも、大きくて暖かい手が心地よくて、離したくないなと思っていたのも事実だ。
その所為というかなんというか、「りんちゃんなんではるちゃんのポケットに手入れてるの?」と、まおに聞かれるまで離さずに歩いてしまった。慌てて、志乃のポケットから脱出すると、まおがそこに飛び付いてきて、僕と志乃のすき間に収まった。
「まおりんちゃんと手繋ぎたい〜」
「はい、どうぞ」
「わーい!あったかい」
「俺もりんちゃんと手繋ぎたいな〜」
「……」
「今ももちろん繋ぎたいけど、家でも学校でも、いつでもどこでも繋ぎたいよ、俺」
「まおもー!」
「りんちゃんの手可愛いよね」
「かわいい!」
「ハンドクリーム付けてるとこも可愛い」
「良い匂いするクリーム?」
「うん、りんの使ってるハンドクリームの匂い好き」
「ねー、まおも好き〜」
「やめてよ、二人とも。声大きくなってる」
まだ道端!と続けるとまおは満面の笑みで「りんちゃん自慢だもーん」と僕を見上げた。それに対抗してなのかなんなのか「俺もだもーん」と志乃もへらりと笑った。その調子で家まで歩くのは楽しかったけれど、志乃は中にあがることはなく、玄関で立ち止まった。
「まお、手洗いうがいね」
「はーい。りんちゃんもね」
「うん、先いってて」
遠ざかる足音を背に「帰る?」と問えば、志乃は残念そうに頷いた。
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