“王子様と七人の美女”

「で、これ志乃がやるの?」

「へ?あ、うん。よく分かったね」

「あはは、そりゃね。でもよくやる気になったね、志乃」

実行委員のまとめてくれた企画書を生徒会に提出に行くと、会長になった森嶋が出迎えてくれた。

「僕らの学年で一番進級や卒業心配されてた頃が嘘みたい」

「はは、本人は卒業する気満々だけどね」

なんて、偉そうに言えるほど知っているわけではないけれど。少なくともその強い意思に根負けして勉強を見た僕としては、樹くんと同じくらい志乃の目標を理解していると言っていいだろう。

「羨ましいね、志乃が」

「え?」

「こっちの話。時間帯は抽選になるけど、決まったらすぐ担任に報告があるから」

「あ、うん、分かった」

「これは受理します」

「ありがとう」

副会長だろうが会長だろうが、森嶋はしっかりしているし何よりとにかくそういうのが似合う。そんな森嶋から宣伝のポスター用の大きめの画用紙を受け取ると「そういえば、音羽は何するの」と問われた。

「美女の一人?」

「まさか。僕は裏方だよ」

「そうなんだ。残念。ステージに立つ音羽、見たかったな」

「あ、そっか、森嶋は生徒会の仕事があるからあんまり自由に回れないんだっけ?」

「うん。だから見たかったな、って」

森嶋ってこんな感じだったかなと、一瞬思ったけれどすぐにそれはどこかにいってしまった。他のクラスの人が同じように紙を持って、生徒会室に入ってきたから。

「あ、じゃあ、失礼します」

「うん。頑張って」

「ありがとう。森嶋も」

僕は丸めた紙を胸に抱えて教室に戻った。まとまった劇のあらすじは、王子様が結婚相手を探して七人の美女…この美女役が全員男子…と出会うというものだ。まあなんというか、高校生の文化祭らしい、ある意味健全なコメディーだ。それに志乃が出る、という時点で森嶋からしてみればかなりの衝撃なのかもしれない。

「あ、りんちゃん!」

「あれ、どうしたの」

「遅いから迎えに来ちゃった」

「え、ごめん。森嶋と少し喋ってたからかな…」

「出たな副会長」

「今は会長だよ」

「そんなの知らないもん。早く戻ろう」

「わっ危ない」

志乃にとっては優しいのであろう引っ張りが、けれど僕にはそこそこ強くて前のめりになった。

「ご、ごめん、大丈夫?」

「……ふっ、」

「へっ、なに?なになに」

「なんでもない」

いつも通り、ころころ変わるその表情に注意するのも忘れて笑うと不安げに瞳を揺らしてからむすっとした顔が現れる。そして次の瞬間には「なに〜」と、眉を垂らして拗ねたように口を尖らせる。どんな顔をされても可愛いと思ってしまうんだから、仕方ない。

「あ、そうだ」

「なあに」

志乃の誕生日を聞いたときから思っていたことを口にしようと思い足を止めた。うちの文化祭は11月の3日と4日…3日が祝日でその振り替え休日が5日。その日は志乃の誕生日だ。
まおを保育園へ送り出してしまったら、夕方迎えに行くまで僕は一人になる。志乃に何かお祝いをするには充分な時間があるなと、思ったのだ。

「志乃、来月の5日、学校休みになるでしょ?」

「えっ、そうなの?」

「祝日が文化祭1日目だから、その振り替えで」

「そうなんだ…あんまり考えてなかった。そっか、お休みか〜」

「うん、志乃誕生日でしょ?」

「わっ、覚えててくれたの?」

「そりゃ覚えてるよ」


「嬉しい」
廊下の真ん中で立ち止まる僕に、志乃の腕がのびてきて物凄い力で抱き締められた。思わずうえ、っと下品な声が出てしまったことも気にしないで、志乃はもう一度「嬉しい」と呟いた。

「その日学校ないなら、りんの家遊びに行ってもいーい?」

「え?あ、うん」

「じゃあお邪魔します」

「うん」

「えへへ、楽しみ」

いや全然構わないのだけど、いや、うん。

「誕生日プレゼント、何がいい?」

「りんちゃんが一緒にいてくれればそれでいい」

「そういうのいいから」

「えー、だってほんとだもん。欲しい物とか思い付かないし…うーん、一日くっついてたい」

「……」

「えっ、ダメなの?」

「いや、ダメとかじゃなくて…」

それじゃ全く答えになってない、ということに志乃は気づいていないのだろう。まあ僕だって、何か欲しいものとか、して欲しいこととか、思い付かなかったし…確かにお祝いの言葉をくれただけで充分嬉しいのだ。ああ、幸せだな、と思うのだ。そう実感している分、志乃の言い分を無下にも出来ない。

「とりあえずその前に文化祭、頑張ろうね」

「うん。終わったらりんがお祝いしてくれるって思って頑張るね」

「いやそれは違う」と言いながら志乃の腕を逃れ、教室を目指して再び歩き出した。家族以外の誕生日をお祝いするのは、考えてみれば物心がついてからは初めてかもしれない。唯一の友達とも言える森嶋の誕生日でさえ、僕は知らないのだと気付いたのは、まさにその瞬間だった。



prev next
[ 176/306 ]

bkm


 haco

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -