「えー、じゃあ、文化祭の出し物はステージ発表で、劇ということで」

体育祭の熱がまだ冷めきらないうちに、文化祭のことが決まった。前々からやんわり話していたおかげで時間はかからなかった。まだステージ発表をするのか展示にするのか、出店を出すのか決まっていないクラスもあるというのに。

「じゃー、劇って言ってもどんなんにするかなんだけど…案とかある人」

「はいはーい」

賑やかな教室が、去年よりずっと身近に感じるなあと、他人事みたいに思いながら文字が綴られる黒板を眺めた。相変わらず机をぴったりくっつけた隣の席の志乃は、僕の手をとって握ったり撫でたりを繰り返している。話し合いに参加する気はないのだろうかとその様子を伺っていると最終的にそれは恋人繋ぎで落ち着いた。

「志乃、教室だよ」

「いいのー」

「……」

「りんの手可愛いよね。俺りんちゃんの手好きだなあ」

「分かったから、ちょっと…ね、離そう」

「だめ〜」

隅の席とはいえ、さすがにここまでベタベタするのはだめだ。というか、そもそもどこでもだめだ。何より僕が恥ずかしい。

「し─」

「志乃が王子様やるとかは!?」

「えー、絶対似合うー」

「てか志乃くんしか無理じゃん、王子様」

半ば強引に志乃の手を離すのと同時に、教室中からの視線が僕らに集まった。いや、僕の横の志乃に。お互いに話し合いに参加していなかったため、どうして見られているのか分からず、声もでなかった。「なに?」と聞く勇気はないし、そもそも他事してたから注意されているのかもしれない。

「どうかな、志乃」

「え」

「王子様」

途中まで追っていたはずの黒板には、いつの間にか文字が増えていて。並べられた文字の中に“王子”が確かにある。そこを指差す実行委員が志乃を見つめた。

「え、俺?」

「うん」

「…だって、どうする?りんちゃん」

「えっ、僕に言われても」

なるほど、志乃を王子様役に、ということか。どんな劇をするのかさえ曖昧なのにそれを言われると、もう志乃以外王子様をやれる人はいない気がする。

「やってみたら?」

「えっ、じゃありんも」

「僕はやらないよ。それに、王子様は一人でしょ」

「じゃあやだー」

どんな格好とかどんな王子様なのかとか、そういうことは置いといて。適役だ。

「せっかくみんなが推薦してくれてるのに」

「……だって」

「僕も似合うと思うけどな…」

「ほんと?」

「うん」

「一緒にできなくても、一緒に居られ─」

みんなに注目されているというのに、全く気にしない様子の口を少し無理矢理塞ぎ、「大丈夫だから」と志乃にだけ聞こえる小さな声で呟いた。

「うーん」

「やらせてもらいなよ。応援するし、ね」

「……分かった。いいよ」

「まじ!?ありがと〜」

「でも志乃くんが王子様やったとして、お姫様は?競争率高すぎでしょ」

本当に、どんな劇をするつもりなのか。ぼんやりと考えながら、自分にも貢献できることはあるんだろうかとふと思った。照明とか、衣装係なら出来るだろうか。

「ねえ、りん」

「うん?」

「俺劇とかやったことないから分かんないんだけど、具体的に何したら良いの?」

「…え?あ、うーん、内容が分からないからなんとも…でも普通に、自分の台詞覚えて動きを付けて、みたいな?ほら、あとは周りが音とか背景とか小道具つけて、それっぽくするわけだから…志乃はとにかく台詞…」

台詞を覚える…ダメかもしれない。志乃にはちょっと難易度が高すぎるんじゃないだろうか。いや決して馬鹿にしているわけではなく、テストの度気が狂いそうになる程努力をしているのだ。そこまでしてやっと頭に入るのに…

「それって俺にできるの?」

「……」

「りんちゃん」

「出来るよ!」と自信を持って言えないことが申し訳ないけれど、仕方がない。「頑張ろうね」と、もう一度、今度は手を握って言うと少しは納得した顔で頷いてくれた。そのあと着々といろんなことが決まり、結局お姫様は男子がやることで落ち着いた。僕に役はないけれど、少しわくわくしていることを、きっと志乃は気付いていただろう。


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