「あちゃー、こりゃ明日あたり青くなるね〜」

「痛っ」

「ああ、ごめんごめん。はい、おしまい」

けれど、もうすぐに朝のホームルームが始まるからと、保険の先生は絆創膏を乱暴に貼って僕らを追い出した。するとちょうどチャイムが鳴り、志乃がうわーとまた唸った。

「志乃?」

「はるかー」

「…遥」

「うん」

「教室戻ろう」

「……なんか、今日やだ」

「はあ?なにが」

「みんながりんりんってうるさいもん」

いや、むしろ志乃志乃ではないだろうか。と、茫然と思った僕も志乃と変わらないくらいわがままかもしれない。

「さっきまでご機嫌だったのに」

「写真見てたから 」

「それで紛らわせてた」と口を尖らせた志乃は、そのまま教室とは違う方向へ歩き始めた。あ、これは旧校舎コースだ。せっかく昨日はいい感じだったのに、と思いながらも志乃の言い分もわからなくはない。僕だって、志乃のことを遠巻きに見ていた人が急に親しげに話しかけていたら面白くはないからだ。でもそれとこれとは別だ。授業は授業だ。

「遥、いいの?さぼってばっかりだと進級できないよ?」

「……」

「赤点ばっかりで再試乗り越えられなかったら修学旅行も行けないよ?三泊四日も会えなくなっちゃうよ」

「えっ!?やだ、やだやだ無理」

「じゃあちゃんと授業でて、勉強頑張ろう。それで一緒に行こう」

「分かった。でも、ちょっと…」

「え、ちょ…」

くるりと、踵を返して僕の手を掴むとそのまま目の前にあった男子トイレへ連れ込み、有無を言わさず個室に押し込まれた。窮屈な中で思い切り抱きしめられたと思ったら、今度は顎を掴まれて視線が絡まった。

「どうしたの」

「ちゅーする」

「なっ」

「してくれたら俺頑張れるから」

「…」

ほら、さあ、したまえと言わんばかりに少し腰を曲げて僕からするのを薄目を開けて待っている姿は、完全に子供だ。
そんな志乃に、僕は一つ小さくため息を落としてから、少し、ほんの少しだけ背伸びをして唇を合わせた。ふにゃりと軽く押しつぶした唇から離れると、志乃はもう原型もないくらいににやけた。

「戻ろう?」

「うん、もう一回したらね」

「は、え…」

「んー」

今度は志乃に唇を押し付けられ、それはしばらく重なったまま。たまに啄むと言うよりはむはむされて、離れる瞬間に「ちゅっ」と音をたてた。

「えっちな音した」

「わっ、わざとでしょ」

えへへ、じゃない。さも不思議そうな顔をしないでほしい。余計に恥ずかしくなるから。

「も、今度こそ戻るよ」

「うん、行く」

朝から男二人でトイレに籠って何をしてるんだか。
生徒のほとんどが使わない、職員室のある一階のトイレで良かったのか悪かったのか…まだ少し火照る顔で教室に戻ると、谷口くんが本当に先生に伝えてくれていたらしく、遅刻やサボリ扱いにはならなかった。


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