「おはよう。音羽、志乃」

「あ、おはよう」

次の日、なんとなく親しくなった気がしたクラスのみんなは、僕の独りよがりじゃなかったと安心する接し方をしてくれた。挨拶は今までもしていた。でも、こうやって名前を呼ばれるのに慣れない辺り、少しばかり機械的なものだったのかもしれない。志乃は志乃で、昨夜樹くんが送ってくれた写真をずっとニヤニヤ見つめている。

「志乃、前見て歩かないと危ないよ」

「うん、分かってるけど、」

樹くんがにやにやしながら送ってやると言っていたそれは、借り物競争で僕と志乃が仲良く手を繋いで、グラウンドを走っているときのものだった。志乃なんてとんでもない笑顔を浮かべていて、確かに僕はその表情を見るどころではなかったし、自分じゃ撮れなかったその写真が自分の手元に来たことは素直に嬉しかった。ただ、樹くんはよく堂々とあの場で携帯を構えられたなあと、正直笑ってしまった。その優しさも…面白がっていただけだったとしても…樹くんらしいな、と。

「こんなに堂々と手繋いで走ったんだよ〜?嬉しいね」

「そ、ういうこと、大きい声で言わないで」

「えへへ、はーい」

教室に入ると、やっぱりいつもより少し多く挨拶を口にした。
そのまま席へつこうとした時、志乃が「あ、」と声を上げて派手に椅子を倒した。携帯を注視していた所為で、ぶつかってしまったらしい。

「いっ、たあ…」

「大丈夫?」

「ん」

「ちゃんと前見て歩かないから」

「ごめん〜」

一瞬静かになった教室内だったけど、すぐに元通りになり志乃へ「大丈夫〜?」と言う声が飛んだ。倒れた椅子をおこしてあげると、すねを押さえたまま立ち上がらない志乃が泣きそうな目で僕を見上げた。

「りん、痛い」

「そこぶつけたの?」

「うん」

「それは痛いね。立てる?」

「んー、」

唸りながらなかなか立ち上がれない志乃と視線を合わせ、スラックスの裾をぺらりとめくると若干皮が剥けて血が滲んでいた。

「うわ、血。待って、絆創膏あるから」

慌てて引っ張り出したそれは、けれど血の出た面積を覆うことが出来なくて。これじゃズボンに血が付いちゃうと言えば「なら保健室行こう」と、甘えた声が僕の耳元で響いた。周りは心配そうにちらちらと志乃のことを見ているというのに。

「ね、りんちゃん」

「……はいはい、ほら、ズボン捲ったまま立って」

「はーい」

結局、鞄を机に置いてから僕らは登校して早々保健室へ向かった。教室を出る間際に谷口くんが登校してきて「保健室?オッケー、先生に言っとく」と笑ってくれた。ああ、こういうことってあるんだ、と変に感動した僕をよそに志乃はもう完全にサボる気満々で僕を急かした。



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