「……」

「志乃が夕食は家でとるようにしてるの知ってるし、無理にとは言わない、んだけど」

「行ってこいよ」

「…何でそんなに偉そうなの?樹のくせに」

僕の口からそんなことを切り出されるとは思ってもみなかったのだろう。困惑気味の目が、考えるように少しだけ伏せられた。

「遥」

「もーなに」

「…ほら、これ、欲しいだろ」

「なに?」

そんな志乃のことなどお構いなしに携帯の画面を向けた樹くんは、にやにやが抑えられないのかもう満面の笑みを浮かべている。何を見せているのか僕には分からなかったけれど、それを見た途端志乃の目が色が変わったのは確かだった。

「い、いる!いるいるいる!!頂戴!」

「じゃあ行ってこいよ。顔出すだけでも」

「それとこれとは話が別でしょ」

「音羽が一人で行っちまっていいのかよ。何があるかわかんねーぞ。まあそれでもいいなら俺は別に無理にとは言わないけど」

「何かって…」

「絡まれるとか〜、言い寄られるとか?」

「いや、あの、それはないかと」

「そんなのダメに決まってるし。絶対ダメ。だめだめだめ」

「じゃあ行ってこいよ。ほら、これ送ってやるから」

「わかった。ばあちゃんに聞いてみる」

意を決したのか、志乃はそのままおばあちゃんに電話を掛け始めた。本当に小学生みたいな態度だ。だからといって馬鹿にするつもりはないけれど。

「そういえば音羽さ、何で遥がパン食い競争出たか聞いた?」

「え?聞いてない、けど。何か、理由があったの?」

「んーまあ。聞きたい?」

「何か理由があるなら」

そんな大層な理由があるとは思えないのだけれど。そう胸に秘めつつ頷くと、樹くんは焦らしもしないで教えてくれた。

「ほら、パン食いって結構えげつなかっただろ?揺らし方とか。女子はまあ手加減してただろうけど男子には容赦ないっていうか。音羽小柄だし、あの注目の中で口開けて腹見せてジャンプするとこ、見せたくなかったんだよ」

「……え、」

「遥が出る、って騒がれてあんなに人だかりができてたのもあるけど、もともと目玉競技なわけ。まあ、そんな期待を裏切って空気の読めないゴールしたわけなんだけど。遥は」

「ちょっと待って、理由ってそれだけ?」

「は?そうだけど」

なにそれ。パンが食べたかった、という勝手な解釈に負けず劣らずな理由じゃないか。そもそも一人で走るわけではないのだから僕が注目されるなど心配することではない。

「遥にしてみれば一大事なんだって。分かってやれよ」

「は、あ…うん……」

「あ、あと、これ」

「なに?」

「音羽にも送っとくな」

写メと続けられた言葉とは裏腹に、向けられた携帯の画面には何も映し出されていなかった。一体何が写っていると言うのか。少し不審に思いながらも、聞き返す間もなく志乃が樹くんにタックルをかましながら戻ってきてしまった。

「りん!ばあちゃんもじいちゃんもいいよって!」

「あ、うん。じゃあ谷口くんたちに言ってくるね

樹くんが送ってくれた写真を見たのは、その日の夜のこと。
その頃には、志乃には恋人がいて、隠しておきたいという一言で、その相手が年上のお姉さんということになりちょっとした騒ぎになっていた。

─ to be continue ..



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