「あいつが暴れようとぐれようと変わらず接してた奴もいるし、家のことでボロボロになってた時も受験の時も何か出来ることはするって仲間もいた。それは遥もわかってて、今でもそういう人間は大事に思ってるだろうけど。でも、それに目を向ける余裕がないくらいに、アイツは傷ついてたんだなって、たまにそう見える時があるっていうか」
「…志乃のことそんなに好きなんだ感動した、って言ったら怒る?」
「怒る」
「じゃあ胸の内に秘めておくよ」
「それも癪に障る」
「ふふ、ごめん」
「音羽じゃなかったら蹴ってた」
「よかった、へなちょこで」
「そこまでは思ってねえよ。とにかく、無理矢理変えようとは思ってないけど、そういう機会があるなら行ってみればってこと。もっと普通に高校生やってくれねえと、俺らの努力も報われないだろ。まあ、報われたこともあるから尚更無理強いはしないけど」
「、それ、は」
「音羽と遥がくっついたこと」
にやりと意地悪く口角を上げた樹くんに、自分の顔が赤くなるのを感じた。
もうやだ恥ずかしい、そう言って逃げたかったけどすぐに閉会式をとり行うという旨がマ イク越しに放送され、うまい具合に回避することが出来た。
「俺からも後押ししといてやるから」
嫌な笑みを浮かべたままの樹くんは顔の横で携帯を揺らすという何とも似合わない可愛らしい動作を残して、自分のクラスの号令に従った。え、なに、なんて聞く間もなく志乃も戻ってきて、体力的にも精神的にも疲れた体育祭は終わりを告げた。結果は見事赤が優勝で、この後の打ち上げも気合が入るねといった雰囲気だった。
「りんちゃん見てた?俺抜かしたよ!」
「うん、見てたよ。お疲れ様」
「りんちゃんの応援聞こえたよ!かっこよかった?」
着替えをするために女子が教室を占拠してしまったため、廊下でこそこそ着替える僕ら男子。そんな中での会話とは思えない発言だった。誰も聞いていないようだったけど、「ね、ね、」と返事を待つ志乃に堂々と答えることはできなくて。しかも僕の声聞こえてたのかと思うと余計に恥ずかしくて。小さな声で「うん」と呟くだけにした。
「っ!りん、ちょ、待って待って!」
「へ?」
僕の精一杯の返事を聞いていたのかいなかったのか、志乃は僕の下げたズボンを無理矢理引っ張り上げて周りを見渡した。
「え、なに?」
「そんなに堂々と脱いじゃダメ」
「なんで?」
「ここ廊下だよ?誰が見てるかわかんないじゃん」
「誰も見てないよ。みんなも着替えてるし。それに見られても別に平気だけど」
「ダメダメダメ」
それを言うなら志乃の方がよっぽど隠し撮りとかされてそうなんだけどなと、思ったけれど口にはしなかった。僕に鈍感というこの男は、けれど自分も相当な鈍感だ。
「それに、お腹。りんちゃん見られても良いの?」
「お腹…あっ、」
「ほら、ダメでしょ?」
「そ、それは…」
そうだった、盛大にキスマークをつけられたんだった。まあ見られたとしても、それがキスマークだと思う人はいないだろうけど。それでも確かに見られるのは恥ずかしいし、変な勘違いをされるのも申し訳ない気がして…志乃に暴力ふるわれた、とか…
そんことをぐるぐる考えてしまい、結局トイレで着替えを済ませることにした。その時確認した腹部には、やっぱりくっきり赤い痕が残っていて一人で赤面してしまったことは誰にも内緒だ。まおには転んだって言うしかない。
それから志乃のとこへ戻ると、すでに制服を身に纏った樹くんが一緒にいた。
「おー、いつもの音羽だ」
「えっ、何?」
「髪の毛」
ハチマキをとった髪の毛には少しだけあとが付いていたけれど、気にするほどではなかった。慣れないハチマキに乱されて、一日ぴこぴこと揺れていた髪の毛を思えばなんてことないくらいだ。
「そんなに似合ってなかったかな」
「いや、そういう訳じゃないけど」
「もー!樹はどっか行ってよ」
「俺にそんな口きいていいのかよ」
「はあ?」
なにやら勝ち誇った顔で志乃を見た樹くんに、谷口くんたちとの会話を思い出した。“志乃にも聞いてみて”と、確かに頼まれていたのだった。
「あ、そうだ志乃、」
「な、なに!?」
樹くんの顔を手で押し退ける様子が小学生みたいで思わず笑いが漏れた。それでも樹くんはにやにやしたままで、何か企んでいるみたいだった。
「あー…今日ね、このあとクラスで打ち上げ?みたいな、みんなでご飯行くみたいなのに誘われたんだけど、志乃、行かない?かな…って」
「打ち上げ?りんちゃん行くの?」
「あー、うん、まお連れておいでって言ってくれて。まおが行きたいって言えば行ってみようかな、って…思っただけど…」
どうかな、まおはそれがなんなのか分からないだろうし。行っても長居はできないかもしれない。
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