と、気合い充分で挑んだのに…なぜか直前で志乃が俺が走るからりんは見ててとやってきた。まあ代理だし誰でも良いよと言った実行委員に甘えて僕は志乃にバトンタッチした。だけど理由は分からないままで、首をかしげたらとにかく俺が走るからりんは大人しく待っててと両肩を叩かれた。

「へえ、音羽が出るの?パン食い競争」

「わっ、副会長」

「そんなに驚かないでよ」

「じゃあ突然出てこないでよ」

「ごめんごめん。それよりいいの?音羽これに出しちゃって」

「え?」

なにが、と言いたげに首をかしげた遥に、森嶋は「そうか、去年出ていなかったら知らないか」と、ひとりで納得してトラックに群がる生徒を指差した。

「パン食い競争、今日のメインってくらい盛り上がるよ」

「あ、そう」

「ほら、パン吊るしてるの手動でしょ?だから結構あげたり下げたり揺らしたりするんだ。それでみんな夢中で跳び跳ねたり口開けたりするでしょ。流石に女子生徒相手に意地悪はしないけど、男子生徒はね」

「……」

「音羽、そんなに背が高いわけでもないし、頑張って夢中になってるとお腹とかも見えるだろうし。いいの?みんなに見られても」

「だっ!!だめ!だめだめだめ!絶対だめ!!」

言われてみれば確かに。
パンを吊るす位置には既に尋常じゃない人だかりができていて、男子も女子もバッチリカメラを構えている。りんは背が低いから男子の中じゃ不利だ…最後まで残ってみんなに見られるかもしれない。そんなのだめだと、遥は慌てて凛太郎の元へ駆け寄った。もうスタートラインに一年生の女子がスタンバイしていたにも関わらず。

「きゃー、志乃くん走るっぽいよ!」

「まじで!?カメラカメラ!」

「……」

「音羽。だから顔に出てるって」

「えっ、」

「つーかそこ見えんの?」

「見えない、かも」

場所取り、というほどでもないけれど既によく見えるところは陣取られていてそこへ侵入することはできなかった。だから僕はパンからかなり離れた場所に腰を下ろすことにしたのだ。まあ、それが吉と出るとは思ってもなかったのだけど。
男子女子と学年ごと交互にスタートしたパン食い競争は高校の体育祭にしては子供っぽいはずなのに、去年同様大盛り上がりだった。

「おっ、遥次だぞ」

「うわ、目立つね、すごく」

遠くからでもすぐに分かる金髪と長身に、もう既にシャッター音がいくつか響いていた。僕も負けじとカメラを向けたけれど、その瞬間にスタートし、志乃はあっという間にパンのところへたどり着き、一回のジャンプで見事キャッチしてしまった。それがあまりにも華麗で一瞬で、その一拍後にぞろぞろと二年の男子がジャンプを始めていた。

「えっ、あれ?」

「つまんねー」

撮り損ねた、と視線を落としているうちにパンを口にくわえた志乃は、さっさとゴール目指してこっちに走ってきていた。

「りんちゃーん、取れたよー!」

巨大なメロンパンの入った袋をブンブン振り回す志乃に気付き、慌ててカメラを向けるとすぐにピースサインをくれた。あ、これ、僕だけだ、撮れたの。それが嬉しくて僕もブイサインを返した。
志乃のスピードゴールに少しのブーイングが聞こえたけれど、午前の部はそのまま無事終了した。でもどうして志乃がこれに出たがったのか…森嶋とのやりとりを知らない僕は結局、理由が分からないままそんなにパンが食べたかったのだろうかと、勝手に決め込むことにした。


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