「上手にね、描けたんだよ」
「本当?じゃあ今日の晩ごはんはまおの好きなマカロニグラタンにしようかな」
「わあ!ほんとー?りんちゃんほんとに?」
「本当に」
クリームソースの材料とマカロニやパスタは常備してある。ブロッコリーとチーズはなかったはずだから買いにいこうと、スーパーに寄った。必要なものと、まおにねだられたキャラクターのシールが付いている魚肉ソーセージだけを購入し、家路についた。特に変わったことのない、いつも通りの光景。たいして栄えてもいない、普通の町並み。公園から聞こえてくる賑やかな声。
ただ、桜が散りきってしまい、地面に散っていた薄いピンクの模様ももうなくなっていた。それに、ああ、春も終わりなんだな、なんて感じた。感じた矢先。
「りんちゃん!!」
「えっ、な、どうした?」
突然大きな声をあげたまお。繋いだ手に小さな爪が食い込んで、ちくりと痛んだ。それから、大きな目をさらに大きくして、繋ぐ手とは反対の小さな手がさす方を見れば。
「…え」
学校帰りの小学生の声をBGMに登場するには、あまりにも不釣り合いな姿。はちみつ色の髪の毛は沈みかけの太陽の弱い光さえも透過させて、けれどそこを染める赤。汚れたブレザーを無造作に肩にかけて、真っ白のはずのシャツも汚れていて、そこから覗く手は傷だらけで。
「……おと、は…」
僕の名前を呼ぶその声に、やっとその人へと駆け寄ることができた。
「志乃!?どうしたの?」
しっかり握りしめたまおの手を離さないように。
けれどとにかく、僕はボロボロの志乃に動揺してしまっていて、買い物袋がどさりと音をたてて落ちたことにも気づかなかった。
「志乃?」
荷物を落とした手を、志乃へと伸ばす。
額から流れる血は既に固まりつつあって、綺麗な髪も血でカピカピになってしまっていた。まおの手にさらに力が込められ、もしかしたら怖いのかもしれないと、冷静に気づく。
「音羽?」
僕の手へと擦り寄ってきた志乃は、何故か泣きそうな目をして、その視線を僕からまおへと移した。
「りんちゃんのお友達?」
「……」
「お怪我してる。まおね、ばんそうこう持ってるから、あげる」
「まお、」
肩から斜めにかけた小さな鞄を探るために離された手。寂しく思いつつも、けれどその可愛らしい行動にきゅんとした。絆創膏じゃ足りないなんてのは目に見えていたけれど。
「音羽」
「ん?」
「……誰?」
ぽつりと呟くように問われたそれは、「誰が?」なんて聞くまでもなく。
「え、っと…妹だよ」
「いもうと…」
“妹”
それを聞き、しばらく無言になった志乃はようやく理解したのか、瞳に僅かな輝きを宿した。
「それより、大丈夫?怪我…酷そうだけど」
「あー…うん、たぶん」
「はい!ばんそうこう」
「ごめん。志乃、手出してくれる?」
せっかく可愛い妹がお気に入りの熊柄の絆創膏を差し出しているのだ。まおが断られるなんて、あっちゃいけない。迷いながらも差し出された大きな手。まおは、その手の甲にぺたりと一枚それを貼り、満足げに笑った。
可愛い。
「……でも、まだたくさん、怪我してる。りんちゃん、りんちゃん」
「うん、そうだね」
言いたいことはなんとなくわかって、そっと頭を撫でてから地面に落ちた荷物を拾う。それからまおの手を握り直し、志乃へと問う。
「うち、すぐそこなんだけど…手当て、しても良い、かな?」
この場に妹がいなければ、僕はそんなこと言い出さなかったんだろうか。まあでも、こんなに怪我をしていたら慌てて体を支えるくらいはしてしまうに違いない。学校じゃ“付きまとわれてる”くらいの感覚でも、こうして学校以外で姿を見つければ声だってかけてしまうくらいには、仲良くなってしまっているのかもしれない。
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