「あ、召集かかってんな。行くか、借り物」
「本当だ、早いね、もう出番かあ」
「いや、お前まあまあ夢中になってるからそう感じるだけだぞ」
「そうかな」
「意外」
「あはは、ありがとう」
「褒めてる訳じゃないけど。ほら、行くぞ」
「あ、うん。志乃─」
「きゃー、ありがとうございます」
「もう一枚お願いします」
うわ、なんだ、今…
僕の声が聞こえず、志乃がこちらを見ることはなかった。でも、違う。志乃が僕の声に振り向かなかったことじゃなくて、言葉を飲み込んでしまった自分に対して、無性に腹が立った。
「音羽」
「あ、うん」
堂々と、志乃の手を掴んであの取り巻きから引っぱり出すことが出来たらいいんだろうか。なんて、そこまでは思っていない。けど。
「大丈夫だろ、遥嫌がってるし」
「へっ」
「いや、今顔に出てた。嫉妬が」
反射的に両手で顔を覆うと、ケラケラと笑う樹くんの声がいつもより小さく響いた。いや、グラウンドで、大勢の人の声が響く中で、いつもより小さく聞こえただけかもれない。
「心配しなくても大丈夫だろってこと。でも声かけとけば良かったかもな。あの調子だと音羽が出るとこ見逃しそうだし」
「い、いいよ、それは。見られるのもなんだか恥ずかしいし」
白熱して見るような競技ではない、ただのネタのようなものだ。これで最下位になっても責められることはないだろうし、そもそもこれは実行委員や生徒会の面白さを試されるところでもある。
さすがに変なお題は出されないだろうけど、去年あったのは制服に着替えてきてゴールしろとか、応援に来てくれた市の公認キャラクターの着ぐるみと一緒にゴールしろとか、レベルの低い無茶だった。どちらも引いたら負けの札だ。教室まで戻って、誰も見てないのに慌てて着替えてゴールするのも、足が極端に短くまともに走れない着ぐみとゴールするのもかなり時間のロスだ。
「…なんか、恥ずかしくなってきた」
「いや、ダッシュの練習したんだから頑張れよ」
そんなものを引いてしまえば練習したダッシュも無意味なものになってしまう。そう思いながら重い足を引きずって列に並んだ。
前の競技が終わり、それぞれが退場するのを見送ってから僕らはグラウンドへ入る。僕が志乃を見つけるのは容易く、派手な金髪頭は離れていてもやっぱり目を引いた。でも志乃からしてみたら僕がどこにいるのかなんて全然わからないだろう。相変わらず女の子に囲まれている志乃の、表情は見えないけど…なんだか面白くはない。
「あ」
「…ん?」
「遥借りて走ればいいじゃん」
「えっ」
「なにその嫌そうな反応」
「え、だって…無理無理」
そりゃあ、金髪の人とか出ればもう志乃以外いないけど。そんなものはないはず。いや、なくていいんだけどと考え直して、スタートラインについた一年生を見つめた。森嶋がプログラムの説明をしているんだと気付き、緊張が少し和らいだ。それから細く煙を吐いて響いたピストルの音に競技が始まった、という空気が流れ視線が集まるのが分かった。
「うわ、あの子可哀想」
「おいあれはズルいだろ〜」
口々に呟かれる声にはどれも笑いが含まれていて、一番にゴールしたのは「校長先生と教頭先生」を引いた女子生徒だった。やっぱり、そういう無難なのを引いて速やかにゴールするのがいいな…何てことを改めて思った。
「木下何人連れてくんだよ〜」
「ポニーテル五人!」
「なんだそれうける」
「やだやだわたし行きたくない〜」
「お願い!!」
一年生が全員ゴールする頃には、最初よりずっと多くの生徒の視線がグラウンドへ注がれていた。
「ほら、音羽。次だぞ」
「あ、うん」
樹くんに続いてスタートラインに立つと、本当に思っていたより多くの視線がこちらに向けられていた。
賑やかな空気の中、よーいドン、と響いたピストルの音に僕は鈍足なりに頑張ってグラウンドの半周を駆け抜けた。樹くんが一番で札の刺さった箱に手を突っ込むのが見えてちょっと悔しかった。それでもそんなこと言ってる暇はなくて、僕もなんとか一枚札を抜いた。
「きっ、え…」
「金髪の人ー!」
「ええっ、」
僕のあとに引いた女の子が困惑ぎみに赤団のテントへ可愛らしい声をあげた。あれ、僕見間違い?と思ってもう一度札を見るけれど、そこには確かに“金髪の人”の文字。え、ちょっと待って、この学校に金髪の人なんて志乃遥しかいなくないか?と、変な汗が背中を伝うのがわかった。それをわざわざ二つも用意して、しかも同じターンで引いてしまうとか…
「え、志乃くんじゃん?」
「あれ?志乃なら今までここに…あれ?」
引いた子も志乃しか思い付かなかったのだろう。迷いなく赤のテントへ向かう足がそれを物語っている。僕もそうしたかったけど、さすがに女の子を差し置いて志乃の手を引く勇気はない。諦めて反対側へ走り、「金髪の人」と、変に裏返ってしまうような声で探した。団が違うとなかなか名乗り出てはくれないかもしれないが、この場合は話が別だ。
「金髪?二年の志乃くらいじゃね?」
「あ〜でもほら、渡辺とか山下さんあたり今日のために染めてたよ!」
「でも見当たらないね〜」
誰だそれとは聞けなくて、でもいて良かったと思いつつみんなの頭を見て回った。口調的に三年生だろうとは思ったけど、なかなかそんな人は見つからなかった。
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