「おー、なに、遥気合い入ってんな」

「あ、おはよう、樹くん」

「おはよ。うわ、寝癖」

「も〜りんに触んないで」

やっぱりハチマキが似合わないらしい。
嫌がるようにはねた僕の髪を指差し、樹くんがゆるく笑う。

「触ってないだろ。指差しただけだっつの」

「それもだめ」

「はあ?」

「あーもう、ほら、並ぼ─」

こんな風にやり取りをする僕らを初めのうちは好奇の目で見ていたクラスメイト達も、今や見慣れたからあまり気に留める様子はない。それに慣れてしまった僕もいるけれど、こうして他のクラスや学年の生徒たちのなかでのやりとりはやっぱり浮いていた。

「音羽、貴重品集めて〜って。学級委員が回収して担任のところ持ってくんだって」

「あ、うん、分かった」

実行委員に渡された袋に貴重品を回収するため志乃と樹くんから離れ、クラスメイトの元へ回る。校舎はトイレや水道を解放するために開けたまま、一応昇降口には先生が順番に見張りにつくらしいけれど、貴重品をおいたまま教室を開けるのはダメらしい。僕は頼まれるままみんなの貴重品を回収し、担任にしっかり渡してから列へ戻った。でもそこに二人の姿がなく。

「……」

もうすぐに開会式が始まる。仕方がないから一人でクラスの列の一番後ろに腰をおろした。その場でどこに行ったのかと視線を巡らせるとすぐに見つかった金髪頭は少し離れた位置にあって。女の子に囲まれているようで、僕が声をかける隙間はなさそうだった。
そうだな、志乃って普段気軽に声かけられる感じじゃないし…噂やオーラで…どことなく盛り上がるこの空気で女の子達は近づきやすいのかもしれない。誰か一人が行けば自分も自分もとなるのは不思議じゃない。

「……」

それは同級生に限らず、先輩も後輩も同じではないだろうか。だからあんなに囲まれているのだ。改めてイケメンってすごいなあと、素直に思った。顔をくしゃくしゃにして笑ってもイケメンだけど、近くにいるとそれが定着してしまって普段の男前具合を忘れてしまうらしい。

「開会式を始めます。各クラスで整列してください。応援団の皆さんは点呼をとってください」

生徒会長のマイク越しの声が、緩やかではあるけれどその場の賑やかさを払拭していく。それに紛れて戻ってきた志乃は、疲れた顔で僕を見つめた。

「なに、どうしたの」

「……写真、撮らせてって」

「写真?あ〜」

競技はまだ始まっていないというのにすでに疲弊しきった顔。それはなんだか可哀想に思えたけれど、なるほど、それもそうか。写真を撮るなんて普段なかなか出来ない事だ。それにそういうの、学校行事っぽくて、まさしくそれを楽しんでいるみたいで、青春だ。

「俺りんと撮りたい」

「っ、そうだね、後で撮ろう」

「今がいい〜」

「もう始まるよ」

「むー」

整列が終わったのか、再び響いた生徒会長の声が開会式を始めた。先生や校長の話のあと準備体操をして僕らはそれぞれのテントへ向かった。けれど、もうその途中で志乃は声をかけられて足止めを食らっていた。

「ほんとあいつすげーな」

「ね、普段あんな風に声かけられないのが逆に怖い」

「そりゃあれだろ、音羽にベッタリで聞く耳持たないからなかなか声かけられない、とか」

「そ、べったりなんて…」

「これだけ大人数なら押してなんとかなるだろ、みたいな」

「……」

「なに、ヤキモチ妬いた?」

「いや、やっぱり志乃って男前なんだなあって」

完全に僕の入る隙はなく、仕方がないので置いてきぼりにした。
そんな中でも順番に滞りなく体育祭は進む。志乃はやっぱり隙あらば声をかけられ、明らかな困惑を浮かべたあと、半強制的に身を寄せられ、そしてシャッターが切られる。志乃くん、志乃先輩、と響く声が当たり前に感じるほど。

「写真撮ってください」

「あー…ごめん、俺そろそろ…」

「一枚だけお願いします」

「お願いします!」

「あの、ほんと、もう行かないといけないから」

今まで体育祭をどうやって過ごしていたのか細かいことは覚えていないけれど、周りに紛れて応援していたはずだ。意外と、そういうのは普通に出来る。だから今も眠そうにぼんやりトラックを眺める樹くんの横で大きな声を出しているんだけど。なんとなく居心地が悪いと感じるのは、それでも聞こえてしまうそんなやりとりの所為だ。



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