二人とケーキを食べたあと、帰ると言った樹くんとこれから面談だから学校へ行くという志乃と一緒に家を出て、まおを迎えに行くことにした。嫌がりながらもおとなしく学校へ行く志乃の背中を見送り、樹くんともわかれてか僕は一人保育園へ向かった。
「あれー、はるちゃんはー?」
「志乃は学校。今日は来ないよ」
「そうなの?さみしいね」
「寂しいね」
まおが昨日志乃に僕のことを話してくれたから、こんな誕生日になったのだ。それには感謝だけど、ちょっと、申し訳ないことをしてしまった気がするのは拭えない。いやでもだからと言って自分から今日誕生日なんだと教える事ができたのかと問われると困ってしまうから、やっぱり、感謝だ。
「はるちゃんね、りんちゃんが一番すきなんだって」
「えっ?」
「まおがりんちゃんが一番っていったら、はるちゃんもだよーって」
「、志乃が、そう言ってたの?」
「うん」
子供とどんな話をしているんだか。せっかくひいた顔の熱が、またふつふつと沸いてきた。なんとか隠そうとした僕に「あ、きょうね」とまおがもう違う話を始めたから、それにのっかることにした。
翌日、僕は約束通り志乃と学校を出るとそのまま二人でスーパーへ行き、志乃の家へ向かった。
「座ってて、ちょっと遅いご飯になっちゃうけど、用意するから」
一日遅れのバースデーパーティーとやらは、僕が考えていたよりずっと、志乃らしくないものだった。というのも、一昨日の夜から考えていたという豚の角煮と、今朝セットしておいたらしい炊き込みご飯が既に出来上がっていて。今僕が食べたいと言って材料を買ってきた揚げ出し豆腐とたらのホイル蒸しを作ってくれた。おまけにアボカドとエビのサラダもつけて。
いやもう、なんというか、小料理屋みたいなメニューに、その見た目の綺麗さも加わって誕生日らしくはないにしても豪華だな、と思ったのだ。しかもこれをあの志乃が、と。ぽかんと並べられた料理を見つめていたら「ごめん、気に入らなかった?」と泣きそうな顔をした志乃が僕を見た。
「あ、ううん、驚いただけ。全部、遥が作ったんでしょ?」
「うん」
「料亭みたい」
「あはは、実はじいちゃん板前やってて、教えてもらったんだ。ばあちゃんも得意だし、味もちょっと見てもらったし。だからね、不味くはないと思う、んだけど」
そういえば確かに志乃のおばあちゃんは異常なほど料理上手だった。
「すごいよ、すっごい綺麗」
「ほんと?食べて食べて!あと、デザートに抹茶味のパンケーキ焼くね。これはほんとオススメなの。チョコペンでハート書いとくね」
そこでいきなり志乃らしさをぶっこむのかと思ったけれど、今は目の前のご馳走が先だ。いくら自分が料理好きでそこそこいろんなものを作れると言っても、手の込んだものはなかなか作れない。し、こういうのを出されると圧倒される。それになにより、この男前がここまで料理が出来るなんて、ずるい。
「いただきます」
「どうぞ」
志乃が作ってくれたものは全部美味しくて、本当に全部全部お店で出されるものみたいだった。誉めすぎだと言われても良いくらいに僕は志乃をべた褒めしてしまった。
「ほんとに、おいしい」
「良かった〜俺、全然こういうのしないし、りんの為だって思って頑張ったんだよ」
「うん、ありがとう」
志乃おすすめのパンケーキも…パンケーキなのかホットケーキなのか分からないんだけど…すごく美味しくて今度まおにも作ってあげてと言えばへらりと笑って頷いてくれた。
「ご馳走さまでした」
「お腹いっぱい?」
「うん、いっぱい」
胸もいっぱいだよと続けると、言い終わらないうちに力一杯抱き締められた。
「りんちゃん」
「ん?」
「卒業したら、どうするの?」
「へっ?あ、えっと」
あんまりにも唐突に、予想外のことを聞かれた僕の口からは間抜けな声が漏れた。まさか志乃にそんなことを聞かれるなんて考えたこともなかったし、おかげですぐに答えることができなかった。
「は、るかは?」
「俺ね、じいちゃんの店で働こうと思ってる」
「おじいちゃん…えっ?」
「板前やってて、今は料理屋さんやってるんだ。まあじいちゃんはもう厨房立ってないし、経営だけなんだけど。そこでね、見習いからやる」
志乃が、板前…それはそれは…男前過ぎてご飯どころじゃない気がするんだけど。
「料理、好きだったの?」
「んー、俺の目標は高校卒業することだから、まずそれを達成して、それから考えるつもりだったんだけど…」
そうか、昨日面談で…そういえば進路調査書のことを先生に一度言われた。少なくともあの時はまだ決まっていなかったんだろうに。
「じいちゃんに相談したら、店出るかって言ってくれて。俺ね、りんがご飯作ってる後ろ姿すごく好きなんだよね。かっこいいし、優しいし、幸せになる。俺もね、りんにそう思ってもらいたいなーって」
こんなに、不純な動機ってあるんだろうか。けれど志乃にとってはそれが確かなもので。
「遥なら、大丈夫だよ」
まだ一年ある。一年と、少し。高校生活の折り返し地点を過ぎた今、高校を出てから何をするかきちんと決めた志乃は、僕なんかよりずっとずっと偉い。
「ありがとう。頑張るね。りんちゃんにこうやって喜んでもらえるように」
言い切った、というようにへにゃりと顔を歪めて僕の頭を撫で回した志乃は思い出したように片付けを始めた。僕はまだ、答えていないのに。
[ 153/306 ]
bkm
haco
×