「…完璧」

ピカピカに磨きあげたお風呂を眺め、時計を見るとまだ一時間も経っていなかった。タオルで足を拭いてからリビングに戻ると、テーブルに置いた携帯が光っていた。

「…樹くんだ」

着信はまだ数分前。リダイヤルボタンを押す直前で、インターホンが鳴った。

「、はーい」

「りん!!」

「え、あれ、」

僕がドアノブを握るより早く開いたドア。空を切った僕の手は突然現れた志乃の腕にぶつかった。

「え、どうしたの」

「りん、これ、」

「え?なに?」

「今日、りん…」

雑に差し出された紙袋の中にはタッパーが入っていて、その中には何故かチョコレートケーキのようなもの。

「おめでとう、今日、誕生日…」

「へ?あ、ありがとう」

「ガトーショコラ、焼いてきた」

つい最近もこんなことがあった。息を切らした志乃と玄関で佇むこの状況。

「今、わざわざ?」

「うん、でも…本当はなんか、プレゼントあげたかったのに」

そういえばどうして、今日が誕生日だって…昨日自分で言ったんだっけ…

「昨日、まおちゃんに言われるまで、俺知らなかった。なんで、言ってくれないの。教えてくれなかったら、俺知らないままでいたよ。プレゼント、用意しようと思って、でも、りんの欲しいもの何もわからなくて…」

また、男前が歪む。
まお、僕の誕生日だってちゃんと分かっていたんだ。だから昨日メダルをくれたのか。そう感心しつつも、半泣き状態の志乃がいたたまれなくて揺れる肩を撫でた。

「俺、りんのこと何も知らない。何が欲しいの?何が好きなの?俺が作ったケーキなんて、りんのより全然美味しくないけど、食べてくれる?」

「遥、」

「朝、一番に言いたかったけど、これ、驚かせたくて」

「うん、驚いた。し、すごく嬉しいよ」

「ほんと?」

「うん、本当」

「他には?何が欲しい?俺があげれるものならなんでもあげるから。してほしいことは?」

「ちょ、落ち着いて。遥がおめでとうって言ってくれて、ケーキ作ってくれただけで充分嬉しいよ。本当にすごくすごく、嬉しい」

「……」

「去年もその前も、まおと一緒に済ませちゃったから、こんなの、久しぶりで…」

毎年朝いちで母さんがおめでとうをくれて、プレゼントをくれる。それが僕にとっての誕生日。それが、今年は違うだなんて、考えもしなかった。

「りん、」

「あ、でも、僕も遥の誕生日知らない。欲しいものとか、そういうのも聞かないし」

「俺の誕生日は、11月、11月の5日」

普段何の話をしているんだというくらい、知らない。家を知らないとか携帯番号を知らないとか、ひとつひとつそういうのを越えてきたはずなのに。まだまだ知らないことがあって、それがもどかしくて、知るたび嬉しくなる。

「じゃあその日は、僕がお祝いする」

人を好きになるって、こういうことがあるんだと、初めて知った。

「でも俺、お祝い出来てないよ」

「出来てるよ?」

「だって俺、りんにたくさんもらったのに、なんにも返せてないし」

「え?」

「俺ばっかり欲しいものもらってるもん」

「僕、あげたものなんて…」

「あるよ、たくさん」

そう言いながら僕を抱き寄せた志乃は何度も「おめでとう」を繰り返した。




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