翌日、憂鬱でもなんでも、その時間はやってきた。

「すいません、先生、お昼の時間に合わせてもらって」

「いえいえ、構いませんよ」

母さんは仕事の昼休みに抜けるしか面談の時間がとれず、ホームルーム終了後僕と担任の先生は速やかに相談室へ向かった。普段は教室で行われるそれだけど、まだ生徒が残っていて、出ていかなければならない時間でもないから僕らが場所を変えるのは仕方がないことだった。
志乃には面談だからと伝えてあるから、きっと今日は先に帰っているだろう。

「どうぞ座ってください」

「はい、お願いします」

緊張する雰囲気ではないのに、なんだか落ち着かない。

「ではまず、凛太郎くんの成績についてなんですが」

「はい」

「テストの点数や授業態度等、内申点に問題はありません。とても優秀で、担任として鼻が高いくらいです」

「本当ですか、良かった〜」

「学級委員としても真面目にやってくれていますし」

「りんちゃん学級委員なの?」

「一応。でも、そんなに役にはたててないかも…」

「そんなことないです、本当にいろんなこと手伝ってもらってますよ」

いつもより少し落ち着いた喋り方をする母さんが変で、それでも先生の前でりんちゃんと呼んでくれたのが妙に力が抜けて良かった。恥ずかしいしやめてくれと思うのに、それでも、だ。

「それで、進路についてなんですが」

「はい」

「彼本人の希望は“就職”となっていますが、ご家族でお話はされましたか?」

「しました」

「しましたけど、母親としての意見を言えば、正直、進学も考えてほしいです」

「母さん」

「もちろん、何がなんでも進学しろ、ってわけじゃないです。生活に余裕がある訳じゃないですし」

真面目な顔で頷く先生が先生らしくて、僕の視線は自然と膝へ落ちた。

「でも、なにかやりたいことがあるなら、行ってほしいと思ってます」

「凛太郎くんの今の成績なら、指定校推薦もできますし、奨学金の審査も通ると思います。一度、資料だけでも目を通しませんか?」

「あの、僕、本当に進学するつもりは…」

母さんにもきちんと言ったのに。もちろん、やりたいことがなにもないわけではない。でも、それよりも僕には優先したいものがあって。それは家のこともそうだし、まおのこともそう。一番は、何より早く自分が自立したいということ。やりたいことはその後でもいいと思っている。

「もちろん、結論は急かしません。本人の意思を優先するべきだと思いますし」

「はい、それは わたしも…」

「まだ時間はありますし、今日はご家族で話し合うきっかけになれば、といったふうで構いません。僕個人としては、凛太郎くんにはもっと広い世界に出るのもいいかな、とは思ってますが」

就職先としては自宅から通える場所、勤務時間が決まっていているならなんでも良かった。今の生活と同じというわけにはいかない、それは分かっているけれど。僕のその中心にはまおがいて、それは僕にとってあまりにも当たり前だったから、むしろそれ以外は考えられなかった。

「今ある分の資料でよければ今お渡しできますよ」

「いただいてもいいですか?こういうこと、疎くて」

「どうぞ。何かあれば遠慮なく質問してください。学校に連絡をいれていただいてもいいし、文書でも構わないので」

大きな封筒を受け取った母さんは、柔らかい紙を揺らして会釈した。それからまた少し話をして、そろそろ時間だと椅子を引いた時だった。

「あ、今日…」

僕の、生徒証明書の写真と個人情報の記載されているのであろうファイルを眺めながら、先生が少し口調を緩めて言った。

「誕生日じゃないか」

「そうなんです。実は妹が昨日誕生日で、本人はそればっかり大事にしちゃってて」

そうだ、まおの誕生日が僕にとっては自分の誕生日でもある。まおの誕生日にご馳走を作ってケーキを食べる。それで二人分の誕生日パーティー。一緒にお祝いしてしまおうということだ。

「そうかあ、おめでとう」

「え、あ、ありがとうございます」

なんだか気の抜けた終わり方だったなと思いながら僕は母さんと学校を出た。やっぱり志乃の姿はなくて、母さんは仕事に戻って行ったから一人で家路についた。昨日はやることがたくさんあったから良かったけれど、今日はないから困る。志乃もいないし、一人で何をしようか。

「……」

まおを迎えに行くには早すぎる。
とりあえず掃除でもしようと決めて、一人帰宅した。



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