「……」
「……」
「へえ、ついに?」
「っ、ち、ちが」
「まだなにも聞いてないけど」
墓穴を掘った。
と思いつつも、でもそのあとに続く言葉はきっとひとつしかなかった。それを否定したのは、それもまた事実だからで。
「いや、まあさ、遥の顔みれば上手くいった、わけではないんだろうなって、感じはするけど」
「…僕に聞かないで…」
「おい、遥、どうだったんだよ」
「……なに」
「昨日の音羽。どうだった」
「…そりゃもう、可愛くて可愛くて…思い出すだけで…」
本当にやめてほしい、と僕が言う前に志乃は口をつぐんだ。へらへらと頭の上にお花を咲かせたかと思えば、途端に耳も尻尾もぺたりと下げた犬のような顔をして。朝からずっとこの調子だ。
樹くんは僕らが確実に何やら進展したと思っているようだけど…もちろんそれは思い過ごしではないんだけど…上手く大人になれたわけでもない。
「なに、その落ち込み。お前まさか、卒業出来てないわけ」
「うるさい。今その話しないでよ」
「音羽に聞いても照れて答えないからお前に直接聞いてんじゃねえか」
「樹に言う義理なんてないもん」
「おい」
「もういいからあっちいってよ」
「お前はもう少し俺に感謝しろ。有り難みを感じろ」
「別に有難いものなんてないじゃん」
俺の励ましという苦労を返せ泣き虫わんこが。
全力の暴言のつもりが、言葉にしてみたらまさにその通り過ぎるのになんだか対して嫌なやつに聞こえない。僕はそう思ったんだけど、樹くんもどうやらそうらしく、最後に盛大なため息をおまけでつけてくれた。
「まあ、別に。いいけど。一回失敗したくらいで落ち込むなよ。初めてなんだからそんなこともあるって」
いや、そういうわけではない。いや、そういうわけではないこともないのか…端的に言えば、準備不足、だったのだ。きちんと調べていても、準備不足で、お互いが初めてで、リスクのある行為をする、というのが無理だった。志乃が失敗した、というわけではない。
「ていうか、樹が悪い」
「はあ?」
「樹が来なきゃちゃんと準備」
「しのっ、」
「できたし、できてたらちゃんとりんちゃんとさ─」
「も、その話は良いから…」
「…ごめん。でも、そういうことだから。樹の所為だからね」
「はー、はいはい、いや、お前偉いわ。音羽のこと大事にしてんのな」
「当たり前だってば」
すべてを察したような目をした樹くんに、僕はなんだか恥ずかしくて耐えられなくなってきた。デリカシーというものがないのかと言いたかったけど、そのあと樹くんが「俺が悪かったわ」とあっさり認めるものだから言えなかった。
「まー、また次頑張れよ。今度は急かさないから。しっかり準備しとけよ」
「うん」
「いやあの、」
「で、どこまでや」
「い、樹くん、その話はもういいってば」
やめて、と、言うのも恥ずかしくて声がだんだん小さくなってしまった。思い出すだけでも恥ずかしいのに、それを誰かに話されるなんて恥ずかしくて死にそうだ。せめて僕のいないとこで話してよと思うのは、当然ではないだろうか。
「おー、悪い。そうだな」
「…」
「じゃあ俺そろそろ戻るわ」
樹くんは楽しげにそう言って腰をあげた。恥ずかしくて視線を逸らしたまままたねと手をふれば「おー」と気の抜けた声が返ってきた。
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