「あ、の…遥、」
「りん、好き、」
志乃が「告白するから、ちゃんと聞いて」なんて言うから。
分かったからとりあえず頭拭いて、あがりなよと言いたかったのに。それも許さないと言うように情けなく口角の下がった口が何度も何度も好きだと呟く。
「遥、待って、」
「だめ、聞いて」
「聞く、から…」
「俺は、何があってもりんが好き。絶対離さないし、もし、りんが…」
全然状況が掴めない僕は、なんとか志乃を引き剥がそうと試みた。けれどもちろん離れることはなく、何故か泣きそうな声が耳元で響く。
「あの、何か…変なこと、考えてる?」
「変なこと考えてるのは、りんじゃないの?」
「へ?いや、僕は…」
「だって、宮木さんのこと」
絶対剥がせないと思っていた志乃の体があっさりと離れ、というより離れていき、僕は反動で後退ってしまった。その踵が玄関の段差に躓き、思いきり尻餅までついて。
「い、た…」
「わ、ご、ごめん!大丈夫?」
どうして今ここで宮木さんの名前が…まだ志乃が突然やって来た理由もわからないのに。
「うん、大丈夫、遥こそ、頭くらい拭こう」
「……うん」
なんとか洗濯かごからタオルを一枚引っ張りだし、濡れた金髪へと被せた。けれど自分で拭く気はないらしく、仕方がないからわしゃわしゃと拭いてあげた。こういうところ、本当に大型犬みたいだなと、雰囲気を無視したことを思ってしまったのは、内緒にしておこう。
「それで、どうしたの」
「……」
「言わなきゃ分からない」
「うん」
「…」
すぐに話し出しそうに志乃を見ながら、まず浮かんだ疑問をぶつけようと「じゃあ僕も聞きたい事があるんだけど、いい?」問うと俺から話したいと口を押さえられてしまった。
「宮木さんのこと、聞いても良い?」
「いい、けど…どうしてさっきから宮木さんが出てくるの?」
嫌な予感。
ドキドキと、変な動悸に冷たい汗が背中を流れた。校門で、二人が仲良さげに言葉を交わしていた光景が脳裏を掠める。
「りん、宮木さんのこと、好き…なの?」
「っ、はあ?え、なん…」
「答えて」
どうしてそんなことを聞くんだろう。
「好きじゃないよ」
「前は?中学の頃は?」
「……好き、だったわけじゃない、と思う」
「……」
「僕と宮木さんじゃ全然違うでしょ、だから憧れてたのはあるし、周りで宮木さんのことを好きな人はたくさんいたし、目で追うことはあった、けど」
それが恋だったのか、改めて考えてみてもやっぱりよくわからない。ただ、ひとつ自信をもって言えるのは、それが恋だとしても、今志乃を好きな気持ちより大きかったことは、絶対にないということ。
「好きとか、良くわからなかったし、でも、今遥のことを好きなのは本当。好きだな、ってちゃんと思ったのは遥だけだよ」
「…じゃあなんで、一人で帰っちゃったの」
「え?あ、それは…」
「宮木さんが俺と喋ってるの見て、ショックだったからじゃないの?」
「……え?なに、それ」
「えっ、違うの?」
どこをどうしたらその考えに至るんだろうか。二人で玄関で座り込んで、二人して間抜けな顔をして。今母さんたちが帰ってきたら大笑いされそうだ。
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