気分が、悪い。頭が痛い。
「そういえば昨日、大丈夫だった?」
「…」
「音羽?どうかした?」
「え、あ…なに?」
「顔色、よくないみたいだけど、昨日大丈夫だった?」
「なに、が」
「志乃、なんだか怒ってたみたいだし…音羽も、体調悪そうに見えたから」
「ああ、ううん、平気」
「…そう」
心配してくれているのに、居心地が悪い。森嶋の顔が見れなくて、僕は自分の膝を眺めた。そんな僕に気をつかってか、森嶋はそれ以上何かを聞くことなく視線を手元の本へ落とした。。僕も何か読もうかと考えて、けれど内容が入ってくる気はしなくて。代わりに、真剣な顔で本を選ぶまおを観察したり、出ていく人の背中を見送ったりした。
「りんちゃん、このみっつ!」と、まおが駆け寄ってくるまで。
気分が晴れないときでも、この笑顔には癒される。あーほんと天使、と毎回思って毎回たまらなくなる笑顔だ。ただ、その顔を今は森嶋も拝んでいる。自慢で誇らしく感じつつも、見ないでくれとも思っていて。
「あれ〜?りんちゃんのお友達ー?」
「うん、森嶋です」
「もりちゃん?りんちゃんの妹の、まおです」
「しっかりしてるね」
「えへへ」
誇らしげな顔も可愛い。去年の夏休みにも顔を会わせたことがあるけれど、まおは覚えていないようだった。それもそうか、保育園児の記憶力というものがどんなものかはわからないけれど、そんなことはいいかと思えるくらいに可愛い。
「もりちゃんひとりー?」
「うん、一人だよ」
「じゃあ一緒にかえる?」
「え?」
「まおっ」
「今日ね、りんちゃん─」
「ごめん、森嶋。なんでもないよ」
「?うん」
「ほら、まお、行こう。雨、降ってきちゃう」
無垢すぎて罪だ。僕の不自然な言動に、森嶋はまた変な心配をしてくれるのかもしれない。それはありがたくて嬉しいけれど、でも正直に胸のうちを話すことはできない、それを思うと、だったら僕が顔に出さないで平常心を保たなければと気が焦ってしまう。
「はーい」
「じゃあ、またね、森嶋」
「あ、待って、音羽」
「ん?」
本を胸に抱えたまおが先にカウンターへと歩きだした。腕を掴まれた僕はそのあとに続けなくて、森嶋が申し訳なさそうに眉を下げた。
「どうしたの」
「いや、あのさ…実は僕嘘ついた」
「嘘?」
「うん。志乃のこと。本当は学校で見かけて、声をかけて少し話したんだ」
「志乃と、森嶋が?」
どんな組み合わせだ、と思う反面、森嶋がそれを隠そうとしたことに驚いた。驚いたし、一旦は隠そうとしたのに本当のことを言い出すものだから、ドキドキと心臓がうるさくなるのがわかった。変な、緊張をしているのだ。
「うん。あ、それで、ほら昨日の」
「……」
「あの女の子。…宮木さん。彼女実は─」
“宮木さん”森嶋の口から、どうしてその名前が…志乃が、彼女の話をしたと言うのか…どうして…どくんどくんと、大袈裟に動く心臓はなかなか落ち着いてくれそうにない。森嶋がそれ以上言葉を続ける前に、立ち去りたい。
「ごめん、雨、ほんと…降ってくる前に、帰るね」
「そ、だね。ごめん、引き留めて」
「ううん。じゃあ、」
「うん。気を付けてね」
「森嶋も」
まおがカウンターから「りんちゃーん」と小声で叫ぶのが聞こえた。それを言い訳にして、森嶋を振り返ることなく僕らは図書館を出た。雨は、家につくのとほとんど同時に降りだしてきて、頭が痛かったのは天気の所為だと思い込むことにした。
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