そうか、これが“恋”というものの恐ろしさかと思い知った。そんなことを考えながら昇降口を出ると、確かに校門の向こうに金髪が見えた。遠くにいても目立つ長身と派手な金髪のおかげで、見失うことも見逃すこともない。

「目立つね」

「同じこと、僕も思ってた」

「はは、だよね」

森嶋はたぶん、後期生徒会の会長に就任する。となれば、僕はまたあの金髪についてなにかお願いされるなもしれない。それはそれで、ちょっとおもしろいけど。

「森嶋、ほんと、もういいよ」

「そうだね、僕も志乃に睨まれるのは嫌だし、ここまでに─」

「そうなんだあ、意外〜」

ここまでにしておこうかな、という森嶋の声を遮ったのは、僕じゃない。志乃に睨まれる、というのは分からないけれど、確かに志乃は森嶋のこと、好いているようには見えない。やっぱり、“生徒会役員”というだけで、少なからず嫌な思い出を持っているのかもしれない。なんて、本当のところはわからないし、今それは関係ない。

「そうかな」

疑問点は僕以外の誰が遮ったのだ、ということ。一体誰だと足を止めて耳を済ませ、聞こえたのはあの声だった。

「ギャップだね」

一人だと思っていた志乃は、目の前の女の子に笑いかけられていて。こちらに背中を向けているその顔は見えないけど、相手の女の子が普通に笑っているのだ、志乃も不機嫌ではないのだろう。
でも、おかしいな、どうして志乃が…

「志乃の友達かな」

「……みや、きさん…」

仲良くおしゃべりしてるんだろう。
僕と一緒にいるときに顔を合わせただけなのに、親しい距離感を保って。

「音羽の知り合い?」

「…ん」

「なんか…志乃ってモテるのに女の子連れてるとこみたことないから、変な感じするけど…恋人みたい、だね」

一気に、目の前が暗くなった。
何度も、志乃がモテるってことは実感しているし、言い聞かせてもきた。志乃の見えないところで嫌味を言われるたび、そりゃ僕と志乃じゃ見た目が釣り合ってないからだって、仕方がないと思ってた。でも…だからって僕は、志乃を諦められない。それくらい好きになっているんだと思う。だから今こんなに、胸が苦しいんだ。

「音羽?どうした、顔色…」

「森嶋、ありがとう。帰るね」

「え、音羽」

慌てて僕を引き留めた森嶋の手。おかげで地面に散らばったファイルは、むなしい音を立ててアスファルトを滑った。その音に志乃が振り向く気配がして、僕は慌ててそれを拾うために俯いた。

「り─」

「わ、ごめん、音羽」

「ううん、僕の方こそ。書類汚れてたらごめん」

「いいよ、それくらい。どうってことない」

「りん、」

「はい。全部、ある?」

「うん、ありがとう」

見れない。志乃の方を。宮木さんの方を。
僕は不自然に森嶋へ言葉を投げ、そして返答してくれる彼にひどく感謝していた。ゆっくり、志乃の足音が近づくのが、分かる。それでも僕は森嶋に差し出したファイルから手を離せないまま。どんな顔をしているのか自分でもわからないけど、どんな顔をして振り向けばいいかも、分からない。

「音羽くん!ごめんね、二日続けて…昨日の夜電話したんだけど、留守電になっちゃったから…会いに─」

「凜太郎」

「っ、」

「副会長と、いたの?」

「ごめん、志乃。お取込み中だったみたいなのに」

「りん、答えて」

「志乃。音羽は職員室に─」

「副会長には、聞いてない」

いろんな声が、いろんな声を遮る。本当はちゃんと順番に喋っているのかもしれないのに、思考が停止している今、僕はうまく音を処理できない。

「ごめん、まお、待たせてるから、行くね」

もうどうにも耐えられなくて、森嶋へ差し出したファイル類から手を引っ込め、誰のことも見ないでそう呟いた。誰に向けた言葉だったのか、自分でもよく若r田内で。森嶋が「気をつけてね、また」と言葉を返してくれたのは、ちゃんと届いていた。僕はそれを背中で受けとると、逃げるように志乃を避けて校門を出た。それとほぼ同時に、宮木さんが「ごめんね音羽くん、」と本当に申し訳なさそうに言ったのが聞こえた。でも返事はできなくて、いつもの道を僕なりに一生懸命走って保育園へ向かった。
かなり突き放して走ったはずなのに、けれどすぐ誰かに捕まった。

「なんで、一人で帰っちゃうの」

「……」

「待ってたのに」

足音で、気づいてはいたし選抜リレーに選ばれるくらいだから、僕が逃げ切れるわけなんてないのも分かっていた。けれどとにかく、なにか言い訳を見つけたかった。言い訳を思い付く時間を稼ぎたかった。

「ごめん」

思いきり掴まれた腕が痛いはずなのに、痛いと言えないくらい、他のことで頭の中がいっぱいだった。



─ to be continue ..



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