思ったより時間はかからなかったけど、人を待たせるには充分すぎる時間が経っていた。でも志乃なら玄関で待っているかもしれない。ならばこんな浮かない顔をしているのは良くない。理由を聞かれて、さらりとかわすことも、うまく話を切り出すことも出来そうにないからだ。
「……」
「前見て歩かないと、転ぶよ」
眺めていた自分の上履きの先、誰かの上履きがちらついた。ゆっくり、その足元から視線をあげれば、見慣れた顔。
「…森嶋」
「こんな時間まで呼び出し?」
「…まあ。森嶋はこんな時間まで生徒会?」
こんな時間、と言うほどでもないけれど、放課後になった瞬間帰宅する僕からしてみればこんな時間だ。
「ああ」
「忙しそうだね」
体育祭のあと後期の生徒会引継ぎがある。森嶋は副会長から生徒会長になるんだろう。もちろん生徒会選挙に出て当選してからなんだけど、まあそれは確実で、今まで以上に忙しそうにしている。
「はは、忙しいよ。また手伝ってもらいたいくらいには」
脇に抱えたファイルの束が揺れ、何となく森嶋が格好良く見えた。たぶん、自分と違ってしかっりしているから、だろう。
「まあ、今の音羽にはさすがに、頼めないけど」
「え?」
「説教された、ってわけじゃないと思うけど。浮かない顔してる」
「そう、かな…」
「志乃、校門で待ってるよ」
「えっ、」
「生徒会室から、見えた。音羽のこと待ってたんだね」
なんだか犬っぽい、が、もう本格的にわんこになっている。森嶋にそういうことを言われると恥ずかしいけど、本人はさらりと何でもないように言うから余計にたちが悪い。
「校門まで送ろうか」
「森嶋生徒会でしょ、さぼっていいの?」
「息抜き」
同じ学校の同じ学年。校門で待つ志乃と、僕と、森嶋と、こうも違うものかと少々感心しつつ昇降口を出た。出てすぐ、確かに校門に凭れ掛かる見慣れた背中と眩しい金髪が目に入った。
「音羽のクラスは文化祭の出し物ももう決めたの?」
「まだ、はっきりは決まってないよ。…ていうか、案出したら森嶋一番乗りで見れるんじゃないの」
実行委員が指定の用紙に内容等を記載して提出する先は生徒会だ。
「そうだけど、気になって」
「森嶋のクラスは?」
「僕らは全然。それに、その前に僕体育祭も参加できるかなって感じ」
「そんなに忙しいの?」
「まあ、それなりに」
本当、同い年とは思えない。
どことなく重い空気にさせてしまう質問をしたかもしれないと気付き口をつむぐと、逆に気を使うように彼は話を変えた。
「音羽、夏休みはどこかでかけたの?」
「え、あ…うん、海…とかお祭りとか」
「そっか。図書館、今年は行かなかったの?」
あ、と思った。いや、忘れていたというわけではない。そもそもなにかそこに、絶対的なものがあるわけじゃない。
「行ったよ。でも、土曜日しか行ってない、かも」
それも、二度ほど。と付け加えれば、「そりゃ会えないわけだ」と笑われた。そういえば去年は市民図書館で偶然森嶋に会い、そこで一度だけ一緒に勉強をした。まおと本を借りに来たり返却をしにきたりで、2、3回顔をあわせたのがきっかけで。
「もしかしたら会えるかなーって、期待してたんだけど」
「森嶋は、行ってたの?」
「うん、学校からも近いし、生徒会終わりとか涼みに」
もしかしたら会えるかな、なんて。僕に言ってくれる人がいたことが素直に嬉しかった。
「そっか…」
「だから残念だったなって」
口元を緩めて揺れた頭、森嶋は僅かに動いた眼鏡を押し上げて到着した下駄箱で用務員さんがいつも使っているサンダルへ履き替えた。
「え、いいよ、ここで」
「え、なんで、校門まで見送るよ」
「いいって、なんか恥ずかしい」
「音羽元気無さげだし、見送らせてよ」
「そんなこと、ない、けど…」
とんとん、と頭を軽く叩かれて、驚くほどなにも感じなかった自分に、驚いた。志乃に頭なんて触られたら、きっと取り乱す。どきどきして、思わず俯いてしまうだろうし、顔が赤くなるのを抑えることも出来ないだろうから。
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