「よーし、あとは実行委員頼む」

“体育祭種目”黒板に書かれたその文字の横に続くリレーや障害物競争、パン食い競争、玉入れ二人三脚の文字。全員どれか一つには参加しなければならないよう、設定されている枠だ。僕はぼんやりそれを眺めながら、去年は森嶋と二人三脚に出たなあと思い出していた。そういえば去年の後期から森嶋は生徒会に入っていたから、この時期は引き継ぎとかで忙しかったんじゃないだろうか。

「リレーは体育の100メートル走のタイムで勝手に決めまーす。推薦とかあれば早めにー。その他の競技は自由に名前書いてください」

無難に、玉入れや綱引きがいいかな。
なんて、悩んではみたものの、そういうものにはどんどん名前が書き込まれていく。あまり物でも良いけど、クラスの足を引っ張ることになるのは嫌だなあ…

「りんちゃん、何出る?」

「…どうしようかな。志乃は?」

「りんと同じのにする」

「それじゃもったいないよ」

足も早いし力もあるんだからと続ければ「でもりんと一緒じゃなきゃ、出る意味ないよ?」と真顔で言うものだから困った。周りに聞こえていたら大変だと思ったけど、幸い誰にも届いていないようだった。
それからものの数分でそれぞれ参加する種目を決め、書記の人がつらつらと生徒会に提出するプリントを埋めた。志乃は案の定出場義務のあるものとは別に、リレーに選ばれていた。実行委員が真っ青な顔をして「リレー、走っていただけませんか」と口にした瞬間、あ、志乃ってこういう存在だった、と思い出した僕は、結構やばいかもしれない。
返事を躊躇った志乃に「せっかく選ばれたんだから出なよ、応援するから」といえば、あっさり分かったと返事をして実行委員の子を驚かせた。
僕は結局綱引きと、じゃんけんに負けてあまり物の借り物競争に出ることになった。負けた瞬間、“好きな人”という札を引いて慌てる想像をした自分を呪いたい。無難に、校長先生とかであることを願った。

「あ、ついでに文化祭のことも考えとけー。まだ先だけど、準備がいるなら早めの方がいいぞ〜」

去年も、こんなに早くいろんなことを決めたんだっけ…あまり覚えていないけど、体育祭も文化祭も中学よりは楽しかった、という印象がある。特段、変わったこともなかったし特別なこともなかったけれど。それでもやれることの幅が少し広がったように感じていた気がする。

「早いね〜もう文化祭だって」

「…早いね、ほんと」

だけど、去年とはいろんなことが違う。そう、いろんな、ことが。

「りん、どうかしたの」

「……」

「りんちゃん」

「あ、うん?」

「具合悪いの?」

「え、」

「ここ、シワよってる」

眉間をぐりぐりと人差し指で押されて、思わず笑ってしまった。眉間のシワを作った志乃の顔が、男前には似合わないものだったからだ。

「なんでもないよ、大丈夫」

「ほんとに〜」

「うん、本当に」

その日、文化祭のことは決まらなかったけどステージ発表という案は決定した。一年生は展示や模擬店、二年三年になるとダンスや劇と凝ったものをステージ発表するのがうちの学校での定番。せっかくだから、とそれが可決された。
行事に向けてなんとなく浮き足立つ学校が、他人事だったことが少しだけ懐かしい。

「りん、日直だっけ?」

「違うけど」

「じゃあなんで日誌ー?」

放課後、僕は日直でもないのに机に置かれていた日誌を開いた。

「昨日始業式で、今週はもう今日と明日しかないから、先生に頼まれたんだ」

「なんでりんなの?」

「学級委員…だから?」

きょとん、と僕を見つめた志乃に、確かに自分でもあんまり気にしていなかったなと気付いた。そういえば学級委員だった、という程に。

「俺も手伝う」

「いいよ、もうほとんど書けてるから」

「凛太朗くんに押し付けないでください、っと。はい、埋まった」

「……」

僕の手からひったくったペンを滑らかに滑らせて書かれた文字は、先生ならひと目で誰が書いたかわかるだろう。志乃遥、からの文句。それだけで青ざめる様が想像できて、少し笑えた。でも気の毒な気もして渡すときに一言添えないとな、ときめる。

「よし、帰ろう」

「うん」

すでにそれぞれの場所へ消えたクラスメイトの足音は教室にはなく、僕らは緩やかに階段をおりて職員室へ向かった。先生は忙しくパソコンのキーボードを打っていたけど、僕と、それから横にいる志乃に気づいて目頭を押さえた。


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