僕は堪らなくなってその体を強引に引き剥がし、志乃の鞄を乱暴に押し付けて背中を向けた。こんなところでキスをせがむ志乃も志乃だけど、答える僕も僕だ。わかっているけれど恥ずかしくてたまらない。

「か、帰ろ」

「うん、帰ろ」

誰もいない教室でしたキスは、全然大人じゃないのに大人になった気分で。いけないことをしたと認識しているだけに、変に志乃を意識してしまった。昇降口で肩がぶつかるだけで、靴を履くとき腕を支えてくれるだけで、そんな些細なことだけで、だ。

「うわー、あっついね」

「ちゃんと飲み物持ってる?」

「持ってるよ」

「タオルは?」

「持ってる」

親子か、と自分でツッコミをいれたくなった時、パタパタと近寄ってきた足音。どきりとした僕とは裏腹に、聞こえてきたのは聞き慣れたものだった。

「音羽」

「、森嶋」

クラスメイトと同じく一ヶ月ぶりの森嶋は、けれどたいして日焼けもしていないし髪型も変わっていなかった。それから、森嶋の顔をみて思い出したことがひとつ。志乃の、髪の毛。
どうにかこの金髪を落ち着かせてほしい、というお願いだ。残念ながら、僕に言い出す度胸がなくて断ってしまったお願い。今なら言える気がするけれど、何となく、言いたくない。この金髪が、僕にとっては“志乃遥”らしい、からだろうか。それともあのあ黒髪を、もう少し僕の中だけに隠しておきたいからだろうか。

「どうしたの?」

「いや、見つけたから声かけただけだよ」

人の良さそうな笑みを浮かべた森嶋は、けれど帰る素振りを見せない。よく見れば、鞄も手にしていなかった。

「森嶋、帰らないの?」

「うん、これから生徒会」

「あ、そうなんだ」

大変だね、という言葉を飲み込み「お疲れ様、すぐに体育祭だもんね。あ…また、手伝えることあったら、言ってね」と言葉を紡ぐ。

「りん、」

「ありがとう」

「この前みたいなことくらいしか、出来ないけど」

「ううん、すごく助かったよ。……あ、それから」

「?」

「志乃」

「え、なに…?」

「進路調査書。まだ出してないんだって?職員室で担任が困ってたよ」

進路調査書…

「また音羽が頼まれることになるんだから、自分のことは自分でちゃんとしないと」

「森嶋、」

「じゃあ、また。気を付けてね」

「……」

どことなくトゲのある言葉を残して背を向けた森嶋は、静かに遠ざかっていった。そういえば志乃と進路の話をしたことはないな。進路調査書だって、僕はその場で書いて出したから周りのこともあんまり気にしていなかったし。今月中に三者懇談があるから、母さんの予定を確認しなくちゃ、程度にしかその紙のことも覚えていなかった。

「遥、いこう」

「……うん」

志乃は、どうするつもりなんだろうか。
家庭の事情や親の都合で、わりと懇談の融通はきくけれど。志乃のお父さんは予定どうこうは関係なく、来ないんじゃないだろうか。祖父母でももちろん、構わないんだろうけど…
なにせ、まだ高校二年生。うちの高校は特段進学に力を入れているわけでもないから、全学年を通して焦りはないし。ひとつ、その進路調査書でかわるのは…三年生のクラスだ。クラス構成でやんわりとではあるが進学と就職が分けられる。
高校生の僕らに、“クラス替え”とは一大イベントで、何より重大なこと。だから仲の良い友達同士で話をして調査書に希望を書いたりする子もいるだろう。そんな、そのくらいの、あまり役目を果たさない進路調査書。それを出せないでいるのなら…

「りん、帰ったらかき氷、作ろ」

「へ?あ、うん。いいね」

けれど僕から聞くわけにもいかなくて、久しぶりの制服姿で隣を歩いた。



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