夏休み明けの学校は抜けきらない暑さの所為もあってか体が重くて仕方なかった。でも、始業式後の教室で課題を提出した際、担任の先生が目を落っことしそうなほど見開いて僕を見るから、思わず笑ってしまった。志乃がひとつの漏れもなく課題を出したからだ。プリント類からテキスト、各授業で集める以外のものは、全て。きっと、各授業で提出したら教科担任の先生も同じ顔をするんだろうな…
気だるさが充満した教室で、先生だけは泣きそうなほど目を輝かせているの。志乃だって、やればできるんですからねと、自信満々に言うのもありだったけど、さすがに「お前が偉そうに言うなよ」という空気になりそうだったので、やめた。それから、そんな驚きとは全く別の感情も入り交じっていたかもしれない。志乃の髪が、夏休み前よりずっと綺麗なはちみつ色に染まっていたから。元々金髪で通ってきたのだから、案外周りは気にしていないかもしれないんだけど…僕には違って見える。昨日、志乃にお願いされて髪にブリーチというものをして、金色に染め上げた僕としては、この変化はかなり大きいのだ。初めてのことだったので楽しんでしまったけど、正直これは、間違いだろう。まっとうな高校生としては。

「よーし、おらそこ、静かに。夏休みは終わったぞー」

「もーまじだるいよー」

「夏休み短すぎ」

「暑い無理ー」

先生を無視して飛び交う声。
僕としては十分な夏休みだったのに、周りの皆は違うらしいことに驚いた。

「りん、今日お昼うちで食べよう」

「志乃の?」

「うん。ばあちゃんがつれておいでって」

「そうなんだ…じゃあ、お邪魔しようかな」

始業式とホームルームだけ、午前で終わる学校。それが唯一の救いだというように、ホームルームが終わると即座に教室は雑踏で溢れ、あっという間にそれは遠ざかっていった。

「志乃、行かないの?」

「ごめん、ちょっと待って…」

もう僕と志乃しかいない教室はさっきまでの賑やかさが嘘みたいに静かだ。窓からの光を受けて、志乃の髪がキラキラと飴色に輝いている。久しぶりに見たなと思ったら、目が離せなかった。志乃は携帯電話を鞄の底から引っ張りだし、ぽちぽちと文字を打っている。おばあちゃんにメールをする、とはなかなかだ。うちのおばあちゃんは携帯電話も持っていないから、なんだか変な感じがする。
志乃が携帯を注視している隙に、僕はそっと手を伸ばした。

「……」

「、りんちゃん?」

少しだけ傷んだ、けれど柔らかな髪。
椅子に座ったままだった志乃は、立って頭を撫でている僕を見上げながら携帯をポケットに押し込んだ。

「なんか、懐かしいなって」

率直な意見を述べた僕の手に、志乃の手が重なる。大きな手だ。今はもう傷の一つもないのに、それでも喧嘩をしてきた名残をちらつかせる、ごつごつした甲が揺れた。

「りん、」

「え、わっ」

「りーんちゃん」

「なに、どうしたの」

「んーん、」
そんな手に捕まり、ぐっと引き寄せられた。胸元にぐりぐりと擦り寄ってきた金髪は、ここが学校だなんて、そんなのは関係ないと言うように、甘えたな声を漏らす。こんなところ誰かに見られたら大変だと思いつつも、離して欲しくないなんて少しでも思った自分に驚く。

「志乃、僕汗かいてる、から」

「はるか」

「っ…」

「やだなー、りんちゃん可愛い」

悪戯に成功した子供みたいな顔で笑った志乃は、僕の胸のなかで顔をあげて、「ん」と息を漏らして目を閉じた。

「ちょ、はる…」

「誰もいないよ」

「……」

ね、とまるで諭されるみたいに背中を撫でられて、そういう問題じゃないと抵抗するのも馬鹿らしくなってやめた。一応周りを見渡してから、僕は目を閉じて待つ志乃に顔を寄せた。
一瞬、触れるだけのキスを落とすと、志乃は満足したように口許を緩めてもう一度「可愛い」と呟いた。


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