「あ、れ?音羽くん」

「……」

拾おうと腰を曲げた僕は、間抜けなことにその体勢のまま視線をあげて、絡まったそれに動けなくなってしまった。

「えっ、あ…」

「偶然、久しぶりだね」

青の濃淡のグラデーションに咲いたユリ、左肩で揺れた緩いウェーブのかかったミディアムの髪。見たことあるな、というよりは。あ、綺麗になった、と冷静に気づいていた。

「宮木、さん」

「良かった、誰かわかんない、って顔してたから、不安になっちゃった」

それは、小中と同じ学校で運命的にも九年間クラスも一緒だった宮木さんだった。九年、同じ教室にいたのに、僕はうまく彼女と言葉を交わせない。それは、地味な自分がクラスで可愛いと目立っていた宮木さんと話すなど、おそれ多くて。そしてそんな宮木さんに淡い恋心を抱いてる、身のほど知らずで恥ずかしいことを分かっていたから。その“恋心”が、恋愛的な意味での“好き”だったかどうか、経験の浅すぎる僕には分からないのだけれど。ただ単に、男子の大半が彼女に好意を抱いていたから、僕もそれに倣ってときめいていただけかもしれない。それが普通なら、と。
とにかく、つまり、そんな女の子が今、目の前にいる。
隔たりなく声をかける人だから、話しかけられたって不思議じゃない。それでも驚いたのは、愛想笑いにしてもナチュラルに再会を喜ばれているような気がしたからだ。

「覚え、てるよ」

「良かった。友達と来てるの?」

「え?あ、うん。妹と、友達」

宮木さんは「あ、妹いたね」と、ふわりと笑った。
もうすぐそこにいると言おうと、彼女の後ろを見たら、志乃がこっちを見た瞬間で。あ、と口の開いた男前は、へにゃりと笑って小さく手を振った。

「待たせてるから、行くね」

「あ、待って、」

「、ん?」

「今日、電話したんだ、音羽くんのおうちに」

「え…?」

「でも、いないって言われて…用件言おうと思ったら、切れちゃって」

電話…

「今日、来るかなって」

「ど、うして」

「実は去年ね、見かけたの。でも話しかけるタイミングなくて…って、今日思い出したから」

それだけなんだけどね、と肩を揺らした宮木さんに、困惑する。どうして、と。見かけたから、声をかけれなかったから、思い出したから、それで?

「わたし音羽くんにね─」

「りん」

音羽くんに、の続きは志乃の声でかきけされた。知らない女の子と話していたのが面白くなかったのか、少し口を尖らせた志乃はけれど約束取りまおの手をしっかり握って近寄ってきた。

「志乃…」

「あ、ごめんね、お友達待たせてたんだよね」

「りんちゃーん、花火始まっちゃうよう」

「うん、ごめんね。宮木さん、声かけてくれてありがとう。行くね」

「あ…うん。また、今度ゆっくり話そうね」

“また今度”

「じゃあ、バイバイ」

それはまるで志乃が日常的に口にする、当然の約束みたいだった。

「りん、」

「……」

「りん?」

嫌な予感がした。嫌な予感。
わざわざ彼女が僕に声をかけるなんて…いや、人懐っこい部分を疑って目を細めるのは、失礼かもしれない。けれど確かに感じたのだ。

「どうしたの?」

「ごめん、大丈夫だよ。ほら、飲み物買ってきたから座ろう」

「あっ!あがるよー!!」

まおの小さな手が志乃の手を離し、僕の手から渡されたペットボトルを掴んだ。三人の影が繋がっていない、変な感覚だった。それでも夏の終わりを惜しむように空を彩った花火は確実にきれいで、帰り際に買ったりんご飴も美味しかった。去年よりずっと上手に食べることもできた。

「じゃあ、また明日」

「ん、明日。おやすみ」

「おやすみ」

ふわり、天使の羽でも落ちてきそうな柔らかい微笑みを見送り、僕は眠りについた。


─ to be continue ..



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