「音羽?」

「樹くん!」

「おー、一人?どうした」

そこにいたのは日焼けしてワントーン黒くなった樹くんだった。赤い髪は相変わらずだけど、それも少しだけ伸びて大人びたようにも見える。

「花火、見に来てて。まおと、志乃と」

指差した方を見て、「ああ、音羽たちもか」と呟いた樹くん。樹くんも?と問えばこれから待ち合わせ場所へ行くところだと返ってきた。

「飲み物買うくらい、遥に行かせればいいのに」

「志乃より僕の方が、安全で確実だと思わない?」

「……確かにな」

まおのりんごジュースと、自分と志乃用にお茶を二本。ガゴン、と小気味良い音をたてて出てきたそれを小脇に抱えて、樹くんと肩を並べて歩くことにした。

「樹くん、焼けたね」

「そうか?」

「うん」

「音羽は、海行ったわりに焼けてないな」

「あはは、僕あんまり焼けないんだ。赤くなるだけで」

そう言えば海に行く前、散々日焼け止めを塗れと言われたけれど、あまり真摯に受け止めなかった所為でやっぱり全身を痛みにやられた。赤くなった鼻には自分でも笑えるくらい間抜けだった。

「あー、ぽいな」

「志乃もあんまり焼けてないね」

「毎日一緒にいるから、分かんねぇんじゃないの」

「そうかな?」

「盆に会ったとき、焼けたなーって思った」

「あ、バーベキュー?」

「そう」

おばあちゃんの家にいるとき、写真つきでバーベキューをしてるよってメールが来ていた。返しそびれてしまったけれど、確かに覚えているし帰ってきてからも話は聞いた。

「あー…そう、それでさ」

「うん?」

中学のときの友達もきて、久しぶりに会ったんだーと嬉しそうに言っていたのが印象的だった。中学時代も平々凡々で目立たない僕にはそんな友人がいないから、少し羨ましかった。そんな僕の横でピタリと足を止めた樹くんは言いにくそうに、僕から目をそらした。

「どうしたの」

「いやー、ちょっと」

「?」

「覗くぞ」

「へ?」

ぽかん、と同じように足を止めて疑問符を浮かべる僕へ一歩近づいた樹くんは、そっと人差し指で僕の首もとをつついた。なんだろうと思っていたら、その指がTシャツの襟をぐっと外へ引っ張って、特に何のへんてつもない胸元を覗き込まれた。

「わっ、なになに」

「……いや、悪い。なんでもない」

「ふえっ、」

「遥の童貞がどうなってんのか、ちょっと気になっただけだ」

「どっ…」

「遥が音羽に盛りそうになった話聞いたの思い出して。もう付き合ってんなら、卒業したのかなと」

え、え?今さらりと、とんでもないことを聞いてしまった気がする。でも言った本人は変わった様子もなく、普通だ。僕の胸元になにもないのを確認してすぐ、歩き出してしまったし。

「でも痕とかないし、音羽のその反応はまだって感じだな」

「まっ…あ、あの、樹くん…」

「ん?」

「今、なんて?」

「いや、ほら、キスマーク、とか。ついてるもんだと思ったけど、ないなって」

キスマークについては、まおに指摘されて以来つけない約束をした。

「その前…志乃が、何?」

「は?だから、遥のどうて─」

志乃が、童貞…嘘、そんなことあるんだろうか。もちろん“恋人”として、自分がそういう経験の初めての相手、というのは嬉しい。嬉しいけど…そんなことはないと思っていた…というより考えてもみなかったし、自分と志乃が、というのも現実味がなくて考えるのを避けていた。



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