「凜太郎は今ちょっと手が離せないんですけど、なんのご用ですか」
「えっ、あ、」
「あ、危ないよ〜!あ、電話切っちゃった」
「志乃、電話…」
「怪我してないー?」
受話器をおいて駆け寄ってきた志乃は、落ちた洗濯物を拾い上げてから僕の足元を凝視した。特に怪我はしていないけれど、それよりも。
「大丈夫、それより電話…」
「凜太郎くんいますかーって。名前は聞き取れなかった」
一番重要な部分が分からないんじゃ意味がない。母さんや母さんの仕事関係でないのならまあ大した問題ではないからいいんだけど。
「女の子の声だったよ」
「女の子?まおの友達かな」
「ううん、小さい感じじゃなかったよ」
そんなに不機嫌な顔をするなら、ちゃんと名前と用件を聞き取っておいてほしかった。僕に電話なんて、学校の連絡網くらいしか思い付かないけれど今は夏休みだし、きっと違うだろう。仮にそうだったとしたらもう一度連絡があるだろう。でも、出席番号の前後は女の子じゃない。
「誰だろう」
「む〜りん浮気だあー」
「浮気って」
「やだー、りんちゃんダメだよ〜」
なんとかソファーまで運んだ洗濯物を置いた途端、志乃にタックルされてそのまま倒れ込んでしまった。
「あー!はるちゃんずるーい、まおもー」
「えっ、まっ、ダメ、着崩れしちゃうから」
なんて制止もむなしく、僕は志乃とまおの下敷きにされた。大人しくしていられないなら出掛けないよと、わりと真剣に言ったのに二人には伝わるわけもなく。
「とりあえずどいて、ね、洗濯たたむから」
「りん、浮気なんてやだからね」
「してないし、しないから大丈夫」
「まおもぎゅーする〜!」
「順番にしよう」
「まーおーもー!」
保育園児と同等ってどうなの…ちょっと真剣に頭を抱えたい。
「静かにしないと、僕一人で花火見に行くからね」となかなか僕の意見を聞いてくれない二人にそう言い放てば「やあだ〜」とまおが先に体を離した。良かった、聞き入れてもらえて。そんなまおにつられてか、志乃も渋々といった顔で僕から離れた。可愛い二人とも…なんて、のんきに思うのだから、僕も甘い。
「ほら、早く洗濯たたみ終えちゃえば早く行けるよ」
「手伝うー!」
「俺も手伝う!」
単純な二人のおかげで、ものの数分で洗濯は綺麗にたたまれて。まおの送り迎えみたいに三人で手を繋いで家を出た。
刺すような日差しも、茹だるような暑さもない。本当に、夏ももう終わるんだなあと感じるような空気だった。こんなにあっという間の夏休みは初めてだと実感しながら、しっかりとまおの手を握った。
「まおりんご飴食べたい」
「りんご飴は帰りに買おうね」
最初から手をベトベトにするのは躊躇われたし、食べるのに夢中になりすぎるから、花火が終わってからの方がいいだろう。開催地付近へ近づくと、少しずつ音や匂いが夏祭り独特の雰囲気を漂わせる。
「じゃあ、じゃーあ、たこやきはー?」
「食べる?」
「うん!」
ぽつり、ぽつり、だんだん多くなる屋台。僕らは相変わらず三人で手を繋いで、たこやきとハニーカステラを買って土手を少し降りたところで腰を下ろした。暗くなりきっていないそこは、けれどすでに多くの人で賑わっていた。
「りんちゃん、美味しいね!」
「美味しいね」
「はるちゃんがいるから、もっと美味しいね!」
「そうだね」
夏休みが始まってすぐは、保育園へ行くのをぐずっていたのに。それが嘘みたいに、上機嫌だ。拗ねたまおももちろん可愛いけど、やっぱりにこにこのまおが一番可愛い。少し、ほんの少しだけ、志乃がいるから余計に機嫌が良いのかもしれないと思うと、面白くないのだけれど。
「あ、飲み物。買ってこればよかったかな」
「まおりんごジュースがいいなあ」
「買ってくるよ。志乃は?」
「俺も行くよー」
「いいよ、ここでまおと待ってて」
せっかく場所をとれたんだし、三人だと余計に時間がかかりそうだ。嫌だけど、志乃にはしっかりまおの手を握っているようお願いをして、僕は土手を上がった。屋台の飲み物は高いから、もう少し行って、自動販売機で買おう。時間にはまだ余裕があるしのだし。そう思いながら賑わう道を抜けたその時、聞きなれた声に名前を呼ばれて足が止まった。
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