きつく握りしめた手にじっとりと汗が滲んだ。
「すいません。他人が、口を出すことじゃないって、分かってはいるんですけど…」
「りんっ、」
「遥を、遥だけを、責めるのはやめてください…」
情けなく、震えた声だった。
そりゃそうだ。残念なことに、僕は度胸なんてものを持ち合わせていない。志乃に初めて声をかけられたときだって…二年になってから教室で話かけられたとき…怖くて自らお金を出そうとしたくらいなんだから。
「何のことかな」
「……」
「遥に、なにか聞いたのか?」
志乃の手が、ゆるく僕の手を握った。血の通っていないような、ひやりとした手だった。いつもは熱いくらいなのに。
「お母さんのことです」
「聞いたなら、どうして遥の友人だなんて言えるんだ?人殺しじゃないか」
どくん、と心臓が跳ねた。
同時に、自分は人殺しなんだ、と志乃がポツリとこぼした声が脳裏を掠めて。ああ、この人に、こう言われ続けたから、志乃は同じ言葉を口にしたのか。だから心を病んだのか。だから嫌われることをあんなにも怖がるのか。
「…僕は、」
強く、誰からも好かれるような恵まれた容姿を持って、それでもまるで自信がない。それはやっぱり、この人に“息子”としてだけでなく“人”としてさえ、認められていなかったのかもしれない。と、そう思うと怖い。
「……僕は、たとえ…妹の所為で母さんが死んでも、妹を人殺しとは呼びません。呼べません」
「何を言ってるんだい、突然」
「……僕が、僕だけは、味方でいます。妹がそれを悔やんで、今努力してるなら尚更」
まおが志乃の立場にいて、母さんが自殺したとして…僕はまおを責めるなんてできないのだ。起きてしまったそれは、僕の所為だと自覚して。母さんを、まおを、僕が守れなかった、と。偽善でも正義でもなく、ただ、僕はそう自分を責めると思った。
「り─」
「赤の他人の言葉を、受け入れてもらえるなんて、思ってません。…だけど、友人として。…遥を、これ以上傷つけないで、下さい」
いらないなら僕が貰いますと、僕にくださいと、そう言って志乃の手を引いて帰りたかった。でもそれじゃだめだから。それじゃ志乃は何も、乗り越えたことにはならないから。志乃と、志乃のお父さんが。それでもこの先ずっと二人がこのままなら、その時は手を引いて連れ帰ろう、なんて考えたことは絶対内緒だ。
僕にとって家族が大事な様に、志乃も唯一のお父さんを嫌いにならないで、なれないで、自分と向き合っているんだから。簡単に捨てさせるなんて出来ない。だから今は、目の前で無表情を貫き通す“お父さん”に、志乃遥を大事に思ってる人間がここにいると、頭を下げて伝えたかった。
「……」
返事はないまま、革靴の足音が遠くなった。
そりゃそうかと、苦笑いが漏れたけれど。志乃が隣で情けなく眉を垂らして僕を見ていたから「アイス買ってくるから待ってて」と、コンビニの中へ戻った。
あんな目で見られていたら抱き締めてしまいそうだし、何より自分が偉そうなことを言った恥ずかしさが沸々と込み上げてきて直視できなかった。
あれが志乃のお父さんなんだ、と脳みそに焼き付けたいのに出来ない。自分が言葉にしたことの恥ずかしさが勝ってしまって。まあそれも、コンビニの入り口のガラスにぴったり額をつけて、僕が出てくるのを待つ志乃の姿に少し和らいだのだけど。