「りん、」

「ん?」

「ううん、へへ」

少しの沈黙と、そんなやりとり。
人影がちらついて胸が高鳴ったけれど、それはわんこの散歩をする近所のおじさんで、その数分後にまた人影。今度こそはと一歩前に出たら、普通にジョギングをしている知らないお兄さん。

「…」

恥ずかしい。何してるんだろうって思われたかも。なんて、考えながらも僕はそこで志乃を待った。たった二日なのに。顔を見てないだけでも人って寂しくなるもんなんだな。変なの。そりゃあ、まおと二日も会えなかったら病気になりそうだけど…それとはたぶん、少し違うんだろう。

「りん、もうちょっと」

「うん、転ばないでね」

「転ばないよ─」

志乃がそれを言い終わるか終わらないかのところで、今度こそ志乃が見えた。志乃も僕に気づいて口をつぐみ、慌てたのか一度躓いて転びそうになっていた。

「危ないよ」

「だ、だって〜」

姿は見えているのに、声は電話から聞こえる。それがなんだか変で、もどかしくて。足は自然と志乃の方へと進んでいて。全然久しぶりでもないのに、志乃が「も〜会いたかったよ〜」なんて半べそかいて言うから、こっちまで泣きそうになった。
やっとお互いの声が聞こえる距離まで近づいて、志乃は耳から携帯を離して走る速度を早めた。だからたぶん、聞こえないだろうと、僕はそっと呟いた。

「僕も、」

僕が足を止めたのと同時に、志乃の手が僕を捕まえた。

「う、わっ」

「りん〜!!」

「っ苦し」

「もーりんちゃん、元気だった?変わったことない?楽しかった?何したの?」

「いや、あの、とらえず、離し…」

さすがに道のど真ん中だし、ね、と付け加えれば不満そうに頬を膨らませながらも体を離してくれた。でもそのまま腕を引かれ、強引に走らされて何故か自分の家なのに“連れ込まれ”状態で玄関に押し込まれた。

「お邪魔します!はぁ、疲れた〜」

「ずっと走って、きたの?」

「うん、早く会いたくて。でも夢中で走ってきたから、途中で疲れたとか、全然思わなくて…はあ、でも無理、あっついよ〜」

アドレナリンかと突っ込みたかったけど、たぶん志乃はそれが何かわからないだろうからやめた。肩で息をする志乃は、確かに近くにいるこっちまで暑くなるほど熱を放っている。

「上がりなよ、お茶出すから。あ、タオルも…」

「りんたろ、」

「あ、」

やっぱり随分、髪の毛髪の色が明るくなった。黒染めってそんなに持続力がないんだろうか。経験の無い僕にはわからないけれど、わりとすぐ赤くなっちゃうってクラスメイトたちが話してるのを聞いたことがあるし。遥は染めてすぐに赤くなっていた気もするけど、これはもう完全に、黒染めの意味はないんじゃないのかな。なんて、一瞬だけ冷静にそんなことを考えたけど、もうすぐそこに志乃の顔が近づいていてそれ以上は考えられなかった。

「、ん…」

玄関のドアに押さえつけられキスをされたかと思えば、今度はその手がしっかり僕のほっぺを捕まえて、喋ることも出来なくなってしまった。

「ふっ、んむ…」

「りん、りんちゃん、」

志乃がやたらキスをしてくるからといっても、それに慣れることはない。恥ずかしいし、上手く息も出来ない。もちろん、ただ唇を重ねるだけでも僕には大変なことなのに…こんな…

「ん、ん〜…」

「りん、舌…逃げないで」

「んぁ、う…は、る…」

たたでさえ暑いのに、走ってきた志乃の体温は高いし、息だって熱い、脳みそが溶けちゃいそうで、視界もぐらぐらする。どっちの唾液か分かんないものが顎に垂れて、耳には聞いたこともないような卑猥な水音が響いて、ちょっともうよくわからない。爆発しそう。

「は、あ…ぅん、」

ぐ、っと志乃の膝が僕の足を割って、ついに体まで身動きができなくなってしまった。酸素が足りない、息が出来ない、本当に爆発する。もう限界だと、なんとか声にしようとした瞬間、勢いよく志乃が離れた。

「え、」

「あ、え…っと」

何事かと、僕が問う間もなく志乃は「お、お手洗い!借ります!!」と、ドタドタとトイレに駆け込んだ。「……へ?」なんて間抜けな声はたぶん聞こえていないだろうけど、なんだか拍子抜けしてしまい、落ち着くのに時間は掛からなかった。



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