おばあちゃんの家での一泊二日は、結構ハードだった。
ゆっくり過ごすための帰省、というよりは貴重な休みを満喫する旅行、みたいな。もちろん、結果としてそれはすごく充実していたし楽しかったからいいんだけど。何が心配って、志乃から何通かメールが来ていたのに、それに返信が出来ていないことだ。もちろん、返信しないで心配させてやろう、なんて器用なことを考えていた訳じゃない。ただ本当に、メールを打ち込む途中で呼ばれたり眠ってしまったりで中断し、また打ち込む、の繰り返しで。結局送信ボタンを押すことができないままだった。
「まお、明日保育園お休みする?」
「んーん、しないよお」
「起きられる?」
「平気だもん」
「そう、わかった」
帰りの電車の中から家につくまでまおは爆睡で、母さんもうとうとしていた。僕らにしては遅い帰宅時間で、でもおばあちゃんの家でお風呂を済ませてから帰ってきたからもうそのまま三人とも朝まで寝てしまった。目が覚めたのは、母さんが仕事に行く足音が聞こえた時だった。
「あ、ごめんね、起こしちゃった?」
「ううん、大丈夫」
「まだ早いから、もう少し寝たら?」
よく起きれたなあ、母さん…と、感心しつつもそういえば母さんが寝坊したことなんてないかもしれないなと気づいた。僕も朝弱いタイプじゃないからそんなにないけれど。普段夜更かしをしないから平気なだけかもしれない。
「母さんも、気をつけて」
「ありがとう、いってきます」
「いってらっしゃい」
母さんを見送ってから時間を確認すると確かにまだ早かった。でも今から二度寝はやめた方が良いかもしれない。
「……洗濯済ませちゃおう」
着替えをしてから顔を洗い、三人の二日分の洗濯を洗濯機へ押し込んだ。ゴウン、ゴウン、と小さく唸る洗濯機の音に、少しだけ眠気を感じたけれどなんとかリビングへ戻って携帯を開いた。志乃からのメールを読み返し、今さらだけど返信しようかと思い立ってポチポチとボタンを押す。
“おはよう。返事できなくてごめんね。楽しかったよ。”
「……」
こんなことをしたよ、あそこへ行ったよ、なんて…メールで伝えることじゃないだろうか。しかも今日、会えるはずだし…なら普通に自分の声で伝えた方がいい。それに、志乃は何をしてたの?楽しかった?と今さら聞くのも変な話だし…うーん、分からないなあ。
「…楽しかったよ、また話すね。また、あとで」
うん、これでいいかな。
きっと、志乃がこれを見るのはもう少しあとだろうし。なんなら返信しなくたって会う予定なんだから、別にいらないかもしれない。そう思いつつ送信ボタンを押し、“完了しました”の画面をしばらく眺めてから携帯を閉じるとすぐにそれは着信を知らせる音を鳴り響かせた。
「えっ、あ、電話…もしもしっ」
「もしもしりん!?」
「え、うん。おはよう、どうしたの」
「……どうもしない。早く会いたくて寝れなくて、もう行っちゃおうかなって思ってたら、メールきたから…りん起きてるのかなって」
「今、起きたとこ」
「今から行ってもいーい?」
確認してるくせに、たぶんもう準備を始めてる。ガサガサと雑音が混ざっているし、忙しく足音まで聞こえてくる。
「ふふ、うん、気をつけて来てね」
「うん、うん!」
まだ話してる途中なのに、ガチャガチャと鍵をする音も聞こえた。ちょっと準備するの早すぎやしないかとも思ったけど、僕も早く顔が見たい。
「じゃあ、待ってるね」
「あ、待って、電話、切らないで」
「どうしたの、 」
「ううん、お願い」
情けない声だなあ。
走ってるのかなあ。走る雑音に紛れて志乃の荒い息遣いが聞こえる。
たいして会話をする訳じゃないのに電話を繋いだままにして、志乃の荒い息を聞きながら僕は玄関を出た。何してるんだ、恥ずかしいな自分。でも僕だって走って迎えにいきたいくらい会いたいんだ。
こんな早朝だから人なんてほとんど通らない、本当に走ろうかと思ってしまった。でもなんとか抑えて、志乃が来るであろう方向を見つめてその姿が見えるのを待った。もちろん、まだまだ来ないってことはわかっているんだけど。
志乃が僕を見つけたときに、ぱっと目を見開いて頬を緩めてくれるかもしれないと思うと、たまらなく愛しく思えて大人しく家の中で待ってるなんて出来なかった。
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