「森嶋、 悪いんだけど…流石にそれには頷けない」

「だよね…ダメもとで頼んだんだけど、それ以外に打つ手がなくて…」

ああ、胸が痛い。
華の高校生活で、やっとできた友人の頼みを断るなんて…

「…森嶋…言う努力はしてみる、けど、期待は、しないで」

「音羽…無理はしなくて良いからね、音羽に何かある方が僕としては困るから」

話の流れで言えばいい。
そう、話の流れで…森嶋に強く手を握られながら、どうしようかと考えた。そういえば、森嶋に手を握られてもなんとも思わなかった…というか、握られている、とも思わなかった。不思議なことに。

生徒会室から出て階段の前で足が止まる。昼休みももう終わるし、まっすぐ教室へ向かおうか、志乃も、もう引き上げているだろうし…と、迷いながら一段目に足をかける。

「おとは!」

整いすぎた志乃の顔を思い出したその瞬間、紛れもない志乃の声が僕を呼んだ。えっ、と思ったと同時に階段を駆けおりてくる姿。

「え、し…」

有無を言わさず僕を抱き締めたのは間違いなく志乃だった。その衝撃にバランスを崩し、危うく後ろへ倒れるところだった。

「な、なに?どうしたの」

「なかなか戻ってこないから…迎えに来た」

「へっ…えっと…」

「大丈夫?怒られたの?何もされてない?」

眉を下げて僕の顔を覗き込むそれは、まるで幼い子供のようだった。今にも不安で泣き出しそうな。けれど…志乃は幼い子供でも、まさか泣くようなたちでもないだろう。

「だ、大丈夫…」

「本当に大丈夫?」

こくんと頷いてやれば、志乃は良かったと言ってだらしなく笑った。そして体は解放されたものの、何故か手を握られていて。そのまま階段を上がり始めていた。

「あの、志乃?」

「ん?」

「いや、」

ん?なんて、そんなへなへなした笑顔で見ないでほしい。強くものを言えなくなる。まあそもそも、最初から言えていないのだけれど。さらに、だ。それに心臓がうるさい。 なんとか絞り出した声は僅かに震えていて。

「その、手を…」

大きな手に包まれた自分の手を見下ろし、それがあまりにもきれいに収まってしまっていることに少し悔しくなった。

「いや?」

「へ?あ、嫌…とかじゃなくて」

“いやとかじゃなく”というのもどうなんだろうと思ったけれど。それより何より、その言葉に安堵したようにまたへらりと笑った志乃に、またそれ以上何も言えなくなってしまった。それほど、なんとも言えない表情だったのだ。

「授業始まっちゃうから急ごう」

春の日差しを浴びて、はちみつ色の髪はそれを透過させて、煌めいていた。顔がいいってだけでも充分なのに、この人はそれ以上なのだ。同じ男であることを疑うことはないけれど、なぜか、同じ人種とは思えないほどに。

形のいい目が細められて、口は綺麗な弧を描く。それだけなのに、まるで異質。見れば見るほど、志乃遥という男の逸脱した容姿と空気に気づいてしまう。

「音羽」

もう一度、柔らかく名前を呼ぶ声が降ってきて。胸の奥で何かがじわりと広がった気がした。緩やかに、僕の足は進路を変えていく。

─ to be continue ..


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