「ってことはつまり」

「……」

「音羽に返事もらう前に、手を出そうとしたわけだな」

「違うってば」

「違わねえだろ」

“付き合って”に対しての返事がないまま手を出せば、それは志乃のポリシーに反してしまう。そういうところ、変にちゃんとしているのが志乃遥だ。多分本人にそんな意識はないから、無自覚だろうけど。

「お前まさか、恋人でもない奴とそれ以上のことやって…」

「そんなことしないってば!」

「でもそういうことだろ。もしさ…」

「りんのこと大事にしたいからそんなことしない。たまたま、その、あの日は…うん、りんがこの世の終わりを感じるくらいに可愛かったから」

「全然分かんねえよ」

「分かんなくていい!てか分かっちゃダメ」

「声でかい」

「……」

「まあ、俺がとやかく言うことじゃないけどさ」

「…うん、」

「あんまり、音羽に迷惑かけんなよ」

「分かってる」

「音羽、周りの面倒見ちまうタイプだろ?あんまり─」

「樹」

「ん」

「なんでそんなにりんのこと言うの」

「そりゃお前、」

「りんのこと好きとか言っても、絶対絶対渡さないから」

志乃遥は、普段あんまり表情を変えない。
自分が心を許している友人や祖父母の前ではヘラヘラしているのに、そうでない人間の前では無表情だ。喧嘩の時なんて、まるで他人事みたいな顔で、目に光なんて全くなくて。ただ、早く終わらないかなと、時間が過ぎないかなと。そんな目で相手を見て、そして手をあげていた。

「遥」

「なに」

最近そんな顔はあんまり見なかったのに。なんだかこの目は、昔に少し似ていて、ぞっとした。

「馬鹿も休み休み言え、馬鹿」

「なっ、馬鹿馬鹿って…馬鹿って言う方が馬鹿なんだってば!」

「ならお前もやっぱり馬鹿じゃねえか」

「頭は悪いけど、別に馬鹿じゃないもん」

「とにかくだ、俺が言ってんのは音羽をどうこう思ってるとかじゃねえの。つーか、お前から好きな奴とろうとか誰が思うんだ阿呆か。てかまずどこをどうしたら、俺が音羽を好きって考えに至るんだよ」

「だ、だって、りんもりんで樹のこと気にするし。樹だって、最初はりんのこと冷たい目で見てたし。もっと素っ気なかったじゃん」

「じゃあお前、もし音羽が俺のこと好きだから別れてくれって言ったらどうするんだよ」

「そっれは…分かんない。けど、りんが…」

「ほら、結局お前は音羽最優先なんだから余計な心配するなって」

一瞬だけだった。あの、世界の終わりみたいな目をしたのは。志乃遥はもう、昔とは違うんだと、確かに周りも思い始めている。だから、例え一瞬でも樹にその目を向けられてゾッとしたのは、仕方がない。

「俺は、遥が報われてよかったと思ってるし、こんな馬鹿で阿呆なお前のこと、お前が思ってるのと同じだけ思ってやれる音羽を大事にしろよって言いたいの」

「うん、する。言われなくてもする」

「……くそ、腹減ったな」

「ね、良い匂いしてきたね」

音羽がいなくて暇してるだろうと思って、と、樹は遥を自宅へ招いていた。ちょうど、その日は大橋家でバーベキューを開催することになっていて声をかけたのだった。

「……庭、出るか。あとで高梨たちもくるって」

「えっ、そうなの?えー、久しぶりだね」

せっかくなら何人か呼べばいいじゃないかと、父親に促されて中学時代の友人を呼んだ。確かに、進学先が違うとわざわざ会おうと言う話にならない限り顔をあわせることなんてほとんどない。

「高梨たちに、言うのか」

「え?」

「高梨と成川」

それはは志乃が高校受験をするときに大いに面倒を見てくれた友人で、ちなみに進級するときもかなり手助けをしてくれた。彼らがいなければ志乃が高校生になることはなかったんじゃないかと言えるほどだ。

「音羽のこと」

「言うよ。だって、言いたいもん」

「お前、ほんと馬鹿だよな」

「も〜、うるさいってば!」

だって普通、恋人ができてそれが同性だなんて、そこまで胸を張って言いたいことじゃないはずなのに。そう続く言葉を飲み込んで、樹はベッドから降りた。ソファーにどっしりと座っていた志乃の足を軽く蹴り飛ばしてから「おら行くぞ」と、別の言葉でごまかして。

「……ま、あいつらも俺と同じだろうから、別に良いけど」

「なにがー?」

「なんでもねえよ。てかお前寝癖すげえな」

「昨日の夜りんとのメールに夢中になりすぎて、髪乾かすの忘れた」

「馬鹿もここまで来ると清々しいよな」

「いい加減怒るよ!」

「いってえな!もう怒ってんじゃねえか。お前のパンチは本気で痛いんだって」

「ふんだ」

母親のことがあったときは、このまま後追い自殺でもするんじゃないかと、本気で心配した。志乃の父親の態度に、一度は口を出したこともあった。けれどまるで受け入れられなかった。身も心もボロボロになっていたあの頃には、想像もできなかった今だ。

「俺は、」

「んー?」

「お前が普通に笑ってられるなら、別になんでも良いと思ってるよ」

友達だから余計に、精神的気な面で支えになれなかったことを少なからず悔いていたのかもしれない。それくらい、あの頃の志乃遥は見ていられるものじゃなかった。

─to be continue ..



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