「で、めでたく付き合うことになった、と?」
「……」
「何、その顔。腹立つ」
「ふん」
「ふん、じゃねーよ」
めでたく、付き合うことになりました。と、樹くんに報告したのはたぶん、五分ほど前のこと。その時の志乃は満面のデレ顔で、こっちが恥ずかしくなるほどベッタリ横にへばりついていて。樹くんに、これでもかというほどピンクのオーラを向けていた。相変わらずゆるゆるの顔してるなと馬鹿にされても怒らないほどに。けれど今は違う。一瞬でヘソを曲げた子供のような表情になってしまった。
「だって、聞いてない…」
原因は僕だ。僕が、「明日からおばあちゃんの家に行くんだ」と、樹くんとの話の流れで口にした瞬間だ。その発言に、何日?何日会えないの?と、半泣き状態になってしまったというわけだ。
「わざわざ事細かに予定言わないだろ、普通」
「うるさい、樹は黙ってて」
まおも保育園がお休みになったからと三人で公園に行くことにした。そして向かうその途中で、運が良かったのか悪かったのか、樹くんと遭遇した。立ち話もなんだから、と公園のベンチに腰かけて、まず報告をした。樹くんには迷惑もかけてしまったし、報告するべき人だと思ったから。
まおはまおで、公園にいた近所の小学生に混ざって遊んでもらっている。だから心置きなく、志乃は僕にベッタリできると喜んでいた。ほんの数分前までは。
「おい、女々しいぞ」
「もー、うるさいってば」
「いい様だな〜」
「嫌い。もう口聞かない」
「志乃、こんなとこで喧嘩しないで」
「なんで〜なんで遥って呼んでくれないの?」
「えっ、」
「ふっ」
「なんで笑うのさ」
「別に。ほんと音羽も苦労してんだなって」
「なにそれ〜」
たった二日、一泊二日会えないだけでも寂しいと言ってもらえることは嬉しかった。だから昨日よりもっと甘えたになってしまっている志乃も許せるし、結局のところ僕はそんな志乃に弱い。
「りーんちゃあ〜ん」
「っ、んー?どうしたの」
「まおの靴、ひっかかっちゃったあ」
いたたまれない空気を破るように聞こえたまおの声に感謝しつつ樹くんを見たら、同じように彼も僕を見て苦笑いを浮かべていた。それからまおの指差した木を見ると、なぜか引っ掛かってしまったまおのサンダルがぶら下がっていた。大して大きな木じゃないけれど、残念なことに僕には届きそうにない場所だ。
「……おい、遥」
「うん、お願い。僕には届きそうにない」
「分かった!まおちゃん、今いくー」
日陰のベンチからまおの方へ、俊敏な動きで向かった背中がなんだかおかしくて、笑いが漏れた。
「…音羽」
「うん?」
「ほんとに、いいのか」
「え?」
「遥のこと」
「……そう言われると、どうかな」
「……だよな」
「でも、好きだよ。大事にしたいし、隣にいたいなって思うんだ」
「見かけによらず男前だな」
「あはは、それ、志乃にも言われた」
まおの靴へと手を伸ばす志乃だけど、ギリギリ届かない。
まおと、小学生。その中に志乃はひどく目立っていて、でも違和感はない。しっくりしきてしまうあたり、やっぱり僕は志乃に弱いんだなと思う。
「あと…初めて会ったときのこと」
「……」
「繋がって、でも、だからってことじゃないんだけど」
「そっか、中学の遥ね〜」
「樹くんは、全部、知ってたの?」
「音羽の言う“全部”が、どこからどこまでなのかは分かんねぇけど…まあ、たぶん、そこそこは」
「そっか」
「まあ、全部時間差で知ったけどな。いろんなこと、とにかく遥は先に行動する奴だから。高校いきたい理由とか、どうしてもここの学校がいい理由とか。言うべきことは全部後回し」
「志乃らしいね」
手を伸ばして、軽くジャンプをした志乃は、容易くその先にあったまおのサンダルを掴んだ。
「…さすがに驚いたけどな。遥が死にそうなほど努力した理由が、音羽だって知ったときは。…眼鏡かけてる、以外に特徴ないし、今はもう眼鏡じゃないし。遥と気が合いそうにも見えないし。でも、まあ…今は納得してる。今の遥を見ればよくわかる」
「それはそれで、ちょっと羨ましいな」
「嫉妬?」
「さあ、なんだろう。そういうの疎いから…」
「あー、そ。まあ、なんかあったら言えよ。俺もばかだけど、遥よりはましだし。あいつの相手するのがどんだけ大変かよくわかってるし」
「ん、ありがとう」
「あと、遥の親父さんだけど…」
「?」
「あれは手強いっていうか、手に負えないのが現状」
「やっぱり、そうなんだ」
遥のお父さんのこと、樹くんはどこまで知っていて、どう思っているんだろう。
[ 112/306 ]
bkm
haco
×