「なんかついてる?」

「んーん、ここ、黒い」

ここ、とまおが指差したのは目の下。ああ、隈…普段くまが出来る事がほとんどないからまおには珍しいのかもしれない。

「大丈夫だよ、すぐになおるから」

「ほんとー?」

「本当だよ。ほら、お皿出して」

「はーい」

「あ、まお」

「はーい」

「昨日買ってきてくれたこのカップ、使う?」

「使う!あ、やっぱりだめ!!」

まおに持たせるのは少し怖い、マグカップ。けれど自分でこれがいい、と母さんにせがんで買ってもらったそれはちゃんと僕のも母さんのもある。まおはキリン、母さんはうさぎ、僕にはコアラの絵の描かれたマグカップだ。そしてもう一つ、ライオンが描かれたもの。

「はるちゃん来てから!びっくりさせるのー」

「ふふ、そっか、そうしよう」

でも、今日志乃は来ないかもしれない。と、そう思ったのと同時に『ピンポン』とインターホンの音が部屋に響いた。

「りん〜おはよーう」

「あ、はるちゃんだ!!コップ、出してりんちゃん!」

「ん、じゃあまお、玄関開けてきてくれる?」

「うん!」

来ないかも、なんて心配は、いらなかったらしい。
いつもと同じトーンの志乃の声が聞こえて安心した。そして三人分のマグカップを出したところで、志乃がぴょこっとリビングを覗く。

「……」

「はるちゃん、見てみてー、これねー、」

まおも叱られたあとはそうやってこちらの様子を伺う。子供じゃないか、と不意に思い出して口元が緩んだ。けれど、どことなく情けない顔をしている志乃に、やっぱりお父さんとうまく話せなかったのかなあという心配は消えない。

「おはよう、入っておいで」

「あ、うん、お邪魔します」

「どうぞ。あ、ご飯食べた?僕たち今からなんだけど」

「え、あ、食べてきたよ。ごめんね、早く来すぎた?」

「ううん、今日は起きたのが遅かったから。まお、ちゃんと座って」

「はるちゃん、これがね、まおのでーこれがりんちゃんの!」

「わ、可愛いね!」

「でしょー!それでね、これがね、はるちゃんの!ライオンだよー」

「えっ、俺にもあるの?」

「あるよー!はるちゃんだもん!」

眩しすぎる笑顔を向けられた志乃は、ちょっと頬を赤くしたまおに渡された…というよりは押し付けられたマグカップを見つめた。そんなに大きなものではないけれど、志乃が持つとなんだか小さく見えて。そうか、持つ人が違うとこうも違うのかと、ちょっとショックだった。

「あとでね、写真見よ!」

「写真?」

「うん、りんちゃん、いーい?

「いいよ、ご飯食べ終わってからね」

母さんがデジカメと携帯のデータをパソコンへ移したついでに、僕の携帯に保存されていたデータも移してくれた。僕にはそういうのがよくわからないから、パソコンに保存したものの見方だけを教えてもらった。

「はーい!」

それからまおにお願いされた通りパソコンを開き、二人がそれを見ている間に片付けや掃除を済ませた。きゃっきゃと絶え間なく聞こえてくる声に少し嫉妬しながら。でもしばらくすると静かになって、こりゃ寝たかもと笑ってしまった。小さな体だ、昨日の疲れはまだ取れ切っていないのかもしれない。

「りん」

「、わっ、どうしたの」

そんな考え事をしたいたからか、志乃が近づいていたことに気づかなかくて変な声が出てしまった。ついでに突然後ろから抱き締められ体が跳ねる。手には湿った洗濯物。それも、夕方にはからりと乾いてくれる、晴れの今日。


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