「あっ、りんちゃあーん!!」

「っ!」

家の前まで来たところで、聞きなれた愛しい声にピクリと体が揺れた。遠くの方に、けれど確かにまおが見えて、その小さな姿がぶんぶんと手を振るから笑ってしまった。パタパタと走り出したまおと、そんなまおに引っ張られて走り出した母さん。僕も少し二人の方へ歩き、駆けてくるまおを受け止めた。

「りんちゃん!」

「おかえり、りんちゃんも今帰ったの?」

「うん。ただいま。母さんたちも、おかえり」

「ただいま」

「ただいま!りんちゃんりんちゃん、海、たのしかった?」

驚いた。

「楽しかったよ。動物園はどうだった?」

まおが自分の話をするより先に、僕のことを聞いてくれた。まず今日のことを僕に話して、それから問うてくるのだろうと思っていたから、拍子抜けしてしまった。たぶん母さんも、驚いてる。

「うん、あのね、あのね!」

まあ、そこからは眠りにつくまでまおのペースでおしゃべりが続いたのだけど。本当に楽しかったんだなあ、よかったなあ、と思いながら、僕も楽しかったなとそんな気持ちのいい気分で目を閉じた。ただやっぱり拭えなかったのは志乃と志乃のお父さんのこと。今電話しても、でないかな。明日になってからの方がいいかな。

「……」

すやすやと穏やかな寝息をたてるまおを起こさないように、ついでにその隣でこれまた熟睡しているであろう母さんも起こさないように、二人の寝室を出た。
リビングにおり、テーブルに置いたままにしていた携帯を開くと、志乃からメールが来ていた。“今日は本当にありがとう、楽しかった!”そんな内容のメールだった。届いたのは30分ほど前で、文面だけでは志乃の今の様子はわからなかった。顔を見ればきっと、もう少し分かる事がありそうなのに…せめて声だけでも、と電話を掛けたけど志乃はでなかった。お留守番サービスのお姉さんの声が聞こえて、そのあとピーっという音がして、僕はそこに「また、明日」とだけ残して携帯を閉じた。

その夜、体は疲れているはずなのになかなか寝付けなかった。この日が終わってほしくないと思ったのかもしれない。お父さんに会った志乃が大丈夫なのか気になって仕方がないのかもしれない。
布団の中で何度も寝返りをうち、携帯は鳴っていないか確認し、無理矢理目を閉じてひつじを数えたりしたけれど、ダメだった。外が明るみはじ めてきた頃にやって来た睡魔に任せて、二時間ほど寝ただけだった。

「りんちゃーん、おはよーう」

「うっ、おはよう。でもまお、今日は保育園お休みだよ?」

「知ってるー」

目玉焼きを焼く僕の腰に抱きついてきたまおは、そのまま僕の手元を覗き混むように背伸びをした。そう、今日は保育園はお休みだ。昨日の振り替えで。

「まお、危ないよ」

「りんちゃんりんちゃん」

時間はいつもより遅いけれど、それでも早起きな方だろう。

「ん?」

「目、へんだよ」

「目?」

大きなまおの目が、じっと僕を見上げた。


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