「はる─」

「ちょ、無理、やだやだ!」

「えっ、な…遥?」

「変なこと言うの、無し」

「変なことって…別に、そんなの言わないよ?」

そんな、情けない目でじっと見つめられちゃ、僕の決意もぐらぐらだ。もちろん、この状態の彼に素直に「告白の返事」をしてやれば、その表情は一気に喜びに染まるのだろうと思うと、それはそれでありなんだけど。志乃がたくさん考えて出してくれた答え。告白のその返事を“僕も好きだよ”だけで終わらせていたから。付き合って下さいに対しての、ちゃんとした返事。

「すごい、今さら…というか、遅くなっちゃったんだけど」

「……」

「待って待って、そんな顔されると言いづらい」

「あっ、ごめ…」

男前が台無しなほど、眉が垂れている。それでも男前なんだから、恐ろしい。だから、今自分が言おうとしていることを思うと直視するのが辛い。

「…はる、か」

「ん、」

辛いけど、それより緊張してる。
うるさい心臓の音に、効き始めたエアコンの音なんてかき消されてしまっている。志乃にまでこの鼓動が聞こえているんじゃないかと、恥ずかしくなった。とくん、とくん、なんて、そんな可愛いものじゃない。全力で長距離を走った直後かってくらい、煩い。だけど呼吸はちゃんと出来てる。出来てるはずなのに、酸素が足りない。体内じゃなく、脳に、だ。

「す、き…」

「、」

「僕も、遥が、好き。…だから、」

“付き合って下さい”そう続けるはずだったのに、それは声にならないまま『ヴーヴー』という音に溶かされた。ローテーブルに投げ出されていた志乃の携帯が、震えたのだ。僕と一緒にいるときに、存在を主張するのが珍しいそれが。

「っ、携帯鳴って─」

鳴るとしたら、それはおばあちゃんかおじいちゃん、それから樹くん。樹くんからの電話だと、気づかないふりをして目を逸らす。でも、今志乃はそこから目を逸らさない。面倒くさそうにバイブを止めたまま、それから手を離さないでいる。

「……」

ぐ、っと身を乗り出して、志乃の携帯を覗き込めば。
ディスプレイには“父さん”の文字がチカチカと点滅していた。

「電話、出なよ」

「…うん」

「切れちゃうよ?」

「うん」

それから数秒躊躇って、意を決したように志乃は通話ボタンを押した。なんの話をしているのか検討もつかなかったけど、志乃の口ぶりから今から会うんじゃないだろうかと思った。そして案の定、少し不機嫌に電話を切った志乃は泣きそうな顔でため息を落とした。

「…りん」

「今から、お父さん来るの?」

「うん、」

「じゃあ、僕帰るね」

「えっ、待っ…」

「一人で帰れるから大丈夫だよ」

なかなか離してくれない大きな手に引かれて、硬い胸に顔をぶつけた。

「やだなー、帰したくない」

ぎゅうぎゅうされて、ほんのり潮の香りがして、ああ本当に楽しい一日だったなと改めて思った。

「お父さんと会うの、久しぶりなんじゃないの?」

「んん」

「じゃあほら、僕行くね」

「ん〜待って、」

玄関まで見送りするからと、同じタイミングで立ち上がって結局二人で玄関まで歩いた。靴を履いたところで名残惜しそうにキスを数回落とされて、僕は志乃家を出た。数メートル歩いて振り返ったら、まだ志乃がいて反射的に手なんて振ってしまった。恥ずかしい。しかも、ナチュラルに手を振り返す志乃も恥ずかしい。「また明日会えるよ」と、叫びたかったけど、さすがに出来ないでまた手を振った。

それから、曲がり角まで来て、曲がるついでに振り返ったらまだいた。振り返る僕も悪いんだけど、志乃もどこまで見送るつもりなんだか。と、考えながら角を曲がり、そういえば僕も毎日志乃の背中見えなくなるまで見送ってるじゃないかと一人で赤面してしまった。まあ、癖なんだけど。癖なんだけど、そんな言い訳をしても恥ずかしい…そう思った僕の横を一台の車が通りすぎていった。あ、見覚えあるかも…と思ったものの、それはすぐに角を曲がって見えなくなってしまった。もしかして、志乃のお父さんだろうか…

「父さん、か…」

志乃、大丈夫かな。
いや志乃は大丈夫なんだろうけど…どうも、お父さんの方が…僕なんかが心配することじゃないんだろうけど、それでも心配だ。志乃の話を聞いた限りだと、一方的に嫌われたままだし…家族なのに、それって悲しい。口を出せる話じゃないから、悔しい。そう感じるくらいには僕は…


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