「……電車、混みそうだね」
「へ、うん、そうだね」
無理矢理方向転換した会話に、誤魔化し方下手だなと思いつつも、僕は志乃よりもぎこちなく返事をしていた。きっと、これだけの人が居ては手は繋げない。なんとなく、志乃に触れたいなと思ったのに。言葉でどうこうできないから、触れて、安心したかったのかもしれない。隣にいるのになあ、なんて。
まあ、そんな考えも、電車に乗り込んですぐに消えてしまったのだけど。
「……」
「ぐ、りん、大丈夫?」
「…へい、き」
もう駅にいるうちから混みそうだねと話していたんだし、海水浴場にあれだけの人がいたんだから、こうなることは当然と言えば当然。ただ、ここままでの満員電車、というのは初体験だ。日常的に経験していれば、少しは慣れているかもしれないけど…
「ほんと?」
僕には駄目だった。
満員すぎて掴むところもない。ぎりぎり車内に収まってはいるけれどドアが開いたときに気を抜いていたら、そのまま押し出されるだろう。手を繋ぎたい、なんてもう思わない。これだけぎゅうぎゅう詰めの車内じゃ、嫌でも志乃と密着していなきゃならないから。もうほとんど抱きしめられているような状態で、気が遠くなりそうなくらい。人目をはばからず、とはちょっと意味が違うけど。
「うん、」
「乗り換えるまで頑張れる?」
「ん、」
本当、今日は立場が逆だ。
志乃がいつも以上にかっこよく見えてしまって困る。根は優しい人だって知ってるけど、特別とか僕だけとか、嬉しい言葉をたくさんもらった後では余計に。
「りん、掴まってていいからね」
「…ありがとう」
「ご飯、食べやすいのがいいかな。うどんとか、お雑炊とか」
確かに消化は良さそうだけど、もう少し涼しいものが食べたい気もする。言える状況じゃないから、言わないけど。なんて考えながら、僕は志乃の言葉に甘えてその鎖骨に額を押し付けた。
「りっ、」
「ごめん、少しだけ…」
片手で手すりを、もう片方の手で僕を。しっかり掴む志乃が、僅かに身じろいだ。そうか、志乃もしんどいよね。そう思うと申し訳ないのに、志乃がベタベタに甘やかしてくれようとするから、不本意ながら身を預けたままにしてしまった。
「ごめん 、遥も…しんどいのに」
「俺は平気」
なんとなく、僕も志乃にとってこういう存在でありたいなと思った。
もちろんまおにとっても、母さんにとっても。でも、二人とは、少し違う。きっと好きとか大事とか、意味が違うからだろう。そういう経験もなければ知識もないから明確な言葉には出来ないけれど。なにより、今はそんなに考え事もはかどらない。だから感覚的に、そういうことにしておこう。だって考えるより先にそう思ったんだ、もう間違いないだろう。それも今、言うことじゃないけど…
「りん、可愛い」
「……」
「大好き」
「……」
「へへ」
今、赤面してるのも、絶対内緒だ。「僕も」なんて小さな声で返したところで他の誰にも聞こえてはいないはずだけど。遥にだけは聞こえてしまうだろう。だから僕は黙って、乗り換えの駅まで目を伏せて足に力を入れることだけに集中した。
志乃と目があってしまったら、きっともう、逸らせなくなるから。
─ to be continue ..
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